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社号の違いをやさしく解説|神社 神宮 大社 宮 大神宮を 6 種類で比べる

ivory washi 背景に painterly な石造りの社号標と奥に朱色鳥居シルエット。神社の社号体系のアイキャッチ画像

神社巡りをしていると、「○○神宮」「○○大社」「○○宮」「○○神社」といったさまざまな名前に出会います。これらは「社号(しゃごう)」と呼ばれる神社の名称体系で、それぞれに歴史的な背景や慣行があります。神社本庁公式案内でも、神宮・宮・大社・神社などは神社名に付される称号として説明されており、社号だけで単純な上下関係を判断するのは避けたいところです。

この記事では、社号(神社・神宮・大社・宮・社・大神宮)の意味と違いを、神社本庁公式と延喜式神名帳の一次資料を主軸に整理します。社号と社格(序列)の区別、戦前の勅許制から戦後の自由化までの歴史、大神宮(東京大神宮など伊勢遥拝殿系)の位置づけ、一の宮との切り分けまで、順に確認していきます。

この記事のポイント
  • 社号とは、神社の名称につく「神社・神宮・大社・宮・社・大神宮」などの語のことで、それぞれに歴史的背景があります
  • 神社本庁は、神宮・宮・大社・神社などを神社名に付される称号(社号)として説明しており、社号だけを見て単純な上下関係として読むのは避けたほうが穏当です
  • 「神宮」は古くは伊勢神宮を指す呼称で、現在は明治神宮・平安神宮・鹿島神宮・香取神宮・熱田神宮など、皇室と特にゆかりの深い神社や特別な由緒を持つ神社にも用いられています
  • 「大社」は古くは出雲大社を指す呼称で、現在は春日大社・伏見稲荷大社・住吉大社など、出雲大社以外にも用いられています
  • 「宮」は天皇・皇族を祀る神社や、由緒により古くからその呼称が用いられてきた神社に見られる社号です。八幡宮・天満宮・東照宮など、特定の信仰系統を示す呼称として全国に広がった例もあります
  • 「大神宮」は東京大神宮など、伊勢神宮の遥拝・分祀と関わる神社に見られる呼称です
  • 一の宮は社号ではなく、旧国ごとに有力・首位とされた神社を指す歴史的呼称です。詳しくは『一の宮の意味と全国一覧』をご覧ください
目次

社号とは何か(神社の名称体系を読み解く)

ivory washi 背景に painterly な俯瞰画像。中央に古い和紙と『社号』を象徴する墨の筆跡、左下に朱色鳥居遠景、右上に常緑の小枝。神社の名称体系の概念を象徴

「社号(しゃごう)」とは、神社の名称につく「神社」「神宮」「大社」「宮」「社」「大神宮」といった呼び名の総称です。同じく神社でありながら、なぜこのように名前が違うのか。古代から現代までの歴史的な経緯と、戦後の制度的な変遷が重なって、現在の名称の多様性が形づくられてきました。

社号は社格(序列)ではない

社号の違いを見るときに、まず押さえておきたい点があります。神社本庁は、神宮・宮・大社・神社などを「神社名に付される称号」(社号)として説明しています。それぞれの社号には由緒や慣行がありますが、社号だけを見て単純な上下関係として読むのは避けたほうが穏当です。「神宮」が「神社」より格上、「大社」が「宮」より格上、といった単線的な序列で整理されるものではなく、歴史的な経緯と慣行の中で定まってきた呼び名と理解するのが落ち着いた読み方です。

社号と社格の違い。一の宮とは何が違うのか

社号(神社の名称)と混同されやすい概念に「社格(しゃかく)」があります。古代の官社・式内社、近代社格制度(官幣社・国幣社)など、時代ごとに異なる神社の位置づけがあり、戦後の神道指令により近代社格制度は廃止されました。一の宮(旧国ごとに有力・首位とされた神社を指す歴史的呼称)などは、社号とは別の層に位置づけられます。一の宮の詳細は『一の宮の意味と全国一覧』で扱っています。

社号 6 種類の比較表

ivory washi 背景に painterly な俯瞰画像。石造りの社号標 6 つ(神宮・大社・宮・大神宮・神社・社)が格子状に配置、上空に朱色鳥居遠景。社号 6 種類の体系を象徴

本記事で扱う代表的な社号 6 種類を表にまとめます。各社号には歴史的な経緯と現代の慣行があり、後の章で個別に取り上げます。

社号主な意味と歴史代表例
神宮古くは伊勢神宮を指す呼称。現在は皇室と特にゆかりの深い神社や特別な由緒を持つ神社にも用いられる伊勢神宮・明治神宮・平安神宮・橿原神宮・熱田神宮・鹿島神宮・香取神宮
大社古くは出雲大社を指す呼称。現在は出雲大社以外にも、広く崇敬を集める神社で用いられる出雲大社・春日大社・伏見稲荷大社・住吉大社・諏訪大社
天皇・皇族を祀る神社や、由緒により古くから「宮」の呼称が用いられてきた神社に見られる鶴岡八幡宮・北野天満宮・日光東照宮・宇佐神宮・石清水八幡宮・金刀比羅宮
大神宮伊勢神宮の遥拝・分祀と関わる神社に見られる呼称東京大神宮・伊勢山皇大神宮
神社もっとも一般的な社号。全国の多くの神社で用いられる標準的な呼称全国各地の神社
規模の小さな神社や、村の鎮守などで用いられる呼称地域の小祠・摂社末社

同じ「大社」でも、指しているものが時代で違う

上の表を読むときに気をつけたいのが、同じ社号の言葉でも、時代によって指しているものが変わる点です。とくに「大社」は、成り立ちの違う制度の言葉が、同じ表記で重なっています。言葉は同じでも中身は別の層と考えると整理しやすくなります。

  • 平安時代の延喜式神名帳では、「大社」は朝廷が幣帛を受ける社を格づけした古い区分の一つでした。
  • 明治から戦前にかけての近代社格制度では、「大社」は官幣大社・国幣大社という複合語の中で用いられた言葉で、「大社」単独が正式の社格名だったわけではないと説明されます。戦後になって、旧官幣大社・国幣大社などが「大社」を社号として名乗る例が広がりました。
  • 現在の「大社」は、この二つのどちらとも切り離された、由緒による社号(名称)です。神社本庁の案内でも、格付けではなく名称として説明されています。

たとえば出雲大社は、古くは杵築大社と呼ばれ、明治初めに出雲大社へ改称したとされます。名称(社号)としての大社と、近代社格制度の等級としての大社は、成り立ちが別のものです。大社と名がつくから格が上とは限らないのは、こうした時代の異なる層が同じ言葉で重なっているためだと読み解けます。

私は、社号を調べるまで、同じ「大社」という言葉はいつも同じ意味だと思っていました。ところが、延喜式の時代と、明治の社格制度と、今とでは、指しているものが少しずつ違っていました。名前はひとつでも、その裏にはいくつもの時代の制度が重なっているわけです。だから私は、社号を一つの意味に決めつけずに、いつの時代のどの仕組みから来た呼び名なのかを分けて考えるようにしています。そうすると、その神社が歩んできた道のりが少し見えてくるように思います。

神宮の意味と例(伊勢神宮・明治神宮・橿原神宮など)

ivory washi 背景に painterly な神社境内の遠景。手前の石畳参道、奥に朱色鳥居と神明造の屋根、両側の鎮守の森。神宮号を称する神社の世界観を象徴

「神宮(じんぐう)」は、社号の中でも特別な位置づけを持つ呼称です。古くは伊勢神宮(正式名称「神宮」)を指す呼称で、戦前は限定的な体系の中で用いられていました。神社本庁公式では、神宮号は現在、天皇や皇室の祖先を祀るなど、皇室と特にゆかりの深い神社に限られていると説明されています。

古代の神宮(伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮)

平安時代の延喜式神名帳(927 年成立)では、「神宮」と記される神社は伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の 3 社のみとされ、特に古い由緒を持つ神社に限定されていました。伊勢神宮は天照大御神を祀る皇室の祖神を祀る神社、鹿島神宮と香取神宮は東国の守護神として古くから重要視されてきた神社です(『鹿島神宮と香取神宮の関係』で詳述)。伊勢神宮の参拝の詳細は『伊勢神宮の禁足地と参拝の見えにくい場所』もあわせてご覧ください。

近代以降の神宮(明治神宮・橿原神宮・熱田神宮)

明治以降、歴代天皇・皇室ゆかりの神社にも神宮号を用いる例が見られるようになりました。明治神宮(明治天皇・昭憲皇太后を祀る、大正 9 年・1920 年創建)・橿原神宮(神武天皇・媛蹈鞴五十鈴媛皇后を祀る)・平安神宮(桓武天皇・孝明天皇を祀る)などがその代表例です。なお、熱田神宮は草薙神剣にゆかりを持つ特別な由緒の神社として神宮号を称しており、近代以降に新たに加わった神宮号とはやや系統が異なります(『熱田神宮の歴史と三種の神器』で詳述)。北海道神宮など、近代以降に創建された神社にも神宮号を称する例があります(『北海道神宮の歴史』参照)。

神宮号は誰が認めてきたのか(戦前の国家管理と戦後の手続き)

神宮号については、「今も皇室が一つひとつ許しているのだろう」という見方と、「今はもう誰でも名乗れる」と考えている方の両方を見かけます。実際の移り変わりは、そのどちらとも少しずれています。戦前は、神社の名前や祭神の変更が、内務省の神社局(のちの神祇院)を中心とする国の神社行政のもとにありました。神宮号をともなう創建や改称が勅許・勅裁と説明される例もありますが、その手続きを一律に「天皇の許可」とまとめてしまうことはできません。

戦後は、国家による神社の管理がなくなりました。今は、宗教法人としての名称を変えるには所轄庁(都道府県や国)の認証が必要で、神社本庁に属する神社の場合は、それとは別に本庁の中での手続きも関わってきます。神社本庁の案内では、神宮号は天皇や皇室の祖先を祀るなど、皇室と特にゆかりの深い神社に限られると説明されています。戦後に神宮号を名乗った数少ない例も、この皇室とのゆかりという点で共通しています。

戦後に新しく神宮号を名乗った例は多くありません。北海道神社庁の案内によると、札幌神社は昭和39年(1964年)に明治天皇を新たに祀ったうえで北海道神宮へ改称しています。名前だけを付け替えたのではなく、祀る神を加えるという中身の変化をともなった改称だった点が読み取れます。

大社の意味と例(出雲大社・春日大社・伏見稲荷大社など)

ivory washi 背景に painterly な神社境内の遠景。中央に大社造の高い屋根と太い大注連縄、奥に朱色鳥居遠景、両側の鎮守の森。大社号を称する神社の世界観を象徴

「大社(たいしゃ)」は、古くは「大社」といえば出雲大社を指す呼称として理解されてきました。戦前の近代社格制度では、官幣大社・国幣大社といった社格区分が用いられていた時期もありますが、ここでいう官幣大社・国幣大社の「大社」は社格上の等級であり、社号としての大社とは区別が必要です。戦後の神社本庁発足以降、出雲大社以外にも大社号を称する神社が広がってきました。

古代の大社(出雲大社)

少なくとも社号として「大社」といえば、長く出雲大社を指す呼称として理解されてきました。出雲大社は、大国主大神を祀る神社で、古事記・日本書紀に記される国譲りの神話の舞台として知られています。延喜式神名帳でも別格の扱いを受けており、古くから「大社」の呼称が定着していました。

戦後に大社号を称する神社(春日大社・伏見稲荷大社など)

戦後、神社本庁の包括下で、由緒ある神社の中に大社号を称するものが見られるようになりました。春日大社(『春日大社の歴史と藤原氏』)・伏見稲荷大社(『伏見稲荷大社の千本鳥居』)・住吉大社・諏訪大社・熊野本宮大社などが代表例です。いずれもその地域や信仰の中心となる古社で、現在は出雲大社以外にも大社号が広く用いられています

宮の意味と例(八幡宮・天満宮・東照宮など)

ivory washi 背景に painterly な神社境内の遠景。中央に朱塗りの楼門、奥に拝殿の屋根、両側の鎮守の森、手前の石畳参道。宮号を称する神社の世界観を象徴

「宮(ぐう/みや)」は、社号の中でも幅広く用いられる呼称で、大きく二つの系統に分けて整理されることがあります。一つは皇族にゆかりのある神社、もう一つは八幡宮・天満宮・東照宮といった由緒ある神社系統です。

「宮」と「社」は、もともと別の言葉から来ている

「宮」と「社」は、字の成り立ちからたどると別の系統の言葉だとされています。国語辞典の系統の解説では、「宮」は「御屋(みや)」、つまり「御(み)」と「屋(や)」が合わさった言葉で、神の御殿や皇居、皇族の住まいなどを表した語に由来するとされます。デジタル大辞泉でも、「宮」は神を祭る建物や皇居、皇族の住居などを指す語として説明されています。

いっぽう「社(やしろ)」は「屋代(やしろ)」、つまり神を迎えるために設けた場を指す言葉に由来するとされます。コトバンクの解説でも、社は神の来臨するところで、地を清めて壇を設けて神をまつる場所と説明されています。住まいから来た「宮」と、迎えの場から来た「社」という、由来の種類の違いとして読めます。

ただし、実際の社号の使い方が、この語源のとおりにきっちり分かれているわけではありません。今の呼び名は、それぞれの神社の由緒や歴史のなりゆき、慣行によって定まっている面が大きいものです。語源はあくまで言葉の出どころを示す手がかりで、そのまま現在の区分を決めているわけではありません。

皇族・天皇にゆかりのある宮号

皇族や歴代天皇を祀る神社には、宮号が用いられる例が多くあります。皇室ゆかりの神社には神宮号・宮号などが用いられることがあり、宮号は古くから皇族との関わりの中で用いられてきました

由緒ある神社系統の宮号(八幡宮・天満宮・東照宮)

もう一つの系統が、特定の信仰の中心となる神社で用いられる宮号です。代表例として、八幡神を祀る八幡宮(宇佐神宮・石清水八幡宮・鶴岡八幡宮など、『鶴岡八幡宮の歴史』参照)、菅原道真を祀る天満宮(北野天満宮・太宰府天満宮・湯島天満宮など)、徳川家康を祀る東照宮(日光東照宮・上野東照宮など)が知られます。これらは、その信仰の系統に属する神社が全国に広がる中で、共通して用いられるようになった呼称です。

大神宮と、社号にまつわる補足

ivory washi 背景に painterly な石造りの社号標の接写。中央に『大神宮』を象徴する墨の筆跡、手前に玉砂利、左上に朱色鳥居遠景、右下に常緑の小枝。大神宮の特殊な社号を象徴

主要な社号に加えて、現代の神社で見られるいくつかの補足的な呼称や慣行があります。代表的なものを整理します。

大神宮(東京大神宮など伊勢遥拝殿系)

「大神宮(だいじんぐう)」は、東京大神宮のように、伊勢神宮の遥拝・分祀と関わる神社に見られる呼称です。東京大神宮(明治 13 年、1880 年創建)が代表例で、東京における伊勢神宮の遥拝殿として知られます。横浜の伊勢山皇大神宮なども関連する流れに位置づけられる神社です。

明神・権現(神仏習合時代の名残)

「明神(みょうじん)」「権現(ごんげん)」は、神号・称号に近く、社号とは区別されますが、社号に類する呼称として用いられることもあります。神仏習合の時代に広く用いられ、明治初年の神仏分離政策の中で、仏教色を帯びる呼称は見直される例がありました。現在は神社の正式名称としてはあまり用いられなくなりましたが、一部の神社では今も伝統的な名称として残されています。神仏習合の文化史については『神仏習合とは』で詳述しています。

一の宮は社号とは別の歴史的呼称

本記事の冒頭でも触れましたが、「一の宮」は社号ではなく、旧国(令制国)ごとに有力・首位とされた神社を指す歴史的呼称です。社号と混同されやすい呼称ですが、別の層に位置づけられます。全国の一の宮の一覧や歴史的背景は、『一の宮の意味と全国一覧』で詳しく扱っています。

神社本庁を離れても社号はそのまま用いられている(金刀比羅宮などの例)

「神社本庁を離れると社号が使えなくなる」「格が下がってしまう」と受け止められることがありますが、実例に照らすと、そうとは言えません。神社本庁に属さず、単独の宗教法人となった神社を単立神社と呼びます。これは社号の種類や格の話ではなく、組織としてどこに属するかという別の軸の話です。

金刀比羅宮は、令和2年(2020年)に神社本庁を離れることを決めたと公式サイトで公表しています。同じ年の10月には文部科学大臣の認証を受け、どこの包括団体にも属さない単立の宗教法人となりました。神社本庁を離れたあとも、「金刀比羅宮」という社号はそのまま用いられています。明治神宮も、2004年にいったん神社本庁との関係を離れ、2010年に戻ったとされますが、その間も「明治神宮」の社号は変わっていません。少なくともこれらの例では、所属が変わっても社号はそのまま保たれています。単立神社すべてに同じことが言えるかどうかは、各神社の事情によります。

社号の歴史(延喜式神名帳から戦後まで)

ivory washi 背景に painterly な俯瞰画像。中央に和紙の巻物(延喜式神名帳のイメージ)と古い木製の筆、文鎮、上空に朱色鳥居遠景。社号の歴史と延喜式神名帳の世界観を象徴

社号の体系がどのように形づくられてきたのか、時代を追って整理します。古代から戦前、戦後への移行の中で、現在の多様な社号が定着してきました。

段階
平安時代(延喜式神名帳)

延喜式神名帳(927 年成立)は、当時の朝廷が公式に認定した神社の一覧で、2,861 社・3,132 座が登録されています。この中で社名に「神宮」を含むのは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮に限られ、社名に「大社」を含むのは現在の出雲大社にあたる杵築大社のみでした。ただし、社格の区分としての「大社」は数多くあり、出雲だけに限られるわけではありません。古事記・日本書紀の文書としての性格や成立の違いは『古事記と日本書紀の違い』もあわせてご覧ください。

段階
江戸〜明治(神仏判然令・近代社格制度)

江戸時代まで、神社の名称は地域慣行や由緒に基づいて用いられる面が大きく、近世の社会的制約の中で多様な呼称が伝えられてきました。明治期には、神仏分離政策と近代社格制度(1871 年)により、神社の制度的位置づけが大きく整理されました。官幣大社・国幣大社・別格官幣社などの社格が定められ、伊勢神宮を別格とし、官幣社・国幣社などを設ける体系が築かれました。

段階
戦後(神道指令・神社本庁発足・別表神社制度)

戦後、GHQ の神道指令(1945 年)を受けて、翌 1946 年に国家による神社の管理とともに近代社格制度は廃止されました。同じ 1946 年に神社本庁が発足し、1948 年には別表神社に関する規程が定められました。別表神社は、神社本庁の被包括神社のうち、旧官国幣社や一部有力神社を役職員進退上、特別に扱う区分です。戦後は、国家による社格制度がなくなった後、各神社の由緒や慣行に基づく社号の用い方が広がり、現在の多様な社号につながっています。

まとめ

社号(神社・神宮・大社・宮・社・大神宮)の意味と違いを、社号と社格(序列)の区別、神宮・大社・宮の各代表例、大神宮の特殊性、明神・権現の神仏習合時代の名残、一の宮との切り分け、戦前から戦後への歴史的変遷まで、順に確認してきました。

社号の違いは、その神社が「格の上下」を示すものではなく、歴史的な経緯と慣行の中で形づくられてきた呼び名です。「神宮」が「神社」より格上ということはなく、それぞれの社号がその神社の由緒や創建の文脈を伝えています。神社巡りで名前の違いに気付いたとき、その社号がどんな経緯を持つのかを読み解くと、参拝の楽しみが一層深まります。

私は以前、神宮や大社と名のつく神社ほど格が高いのだろうと思っていました。実際に社号を調べていくと、名前はその神社の格の順位を表すものではなく、どんな由緒でその呼び名を得てきたかの記録なのだと分かってきました。それからは、名前の違いを上下で測るのではなく、この社号はどういう経緯でついたのだろうと考えるようにしています。そう見るようになってから、神社の名前を読むのが前より面白く感じられるようになりました。

関連記事として、一の宮の体系は『一の宮の意味と全国一覧』、神仏習合の文化史は『神仏習合とは』、神社建築の様式は『神社建築の様式と意匠』もあわせてご覧ください。

よくある質問

神宮と神社はどう違うのですか?
神社本庁は、神宮・宮・大社・神社などを「神社名に付される称号」(社号)として説明しています。神宮は古くは伊勢神宮(正式名称「神宮」)を指す呼称で、現在は天皇や皇室の祖先を祀るなど、皇室と特にゆかりの深い神社に限られていると案内されています。明治神宮・平安神宮・鹿島神宮・香取神宮・熱田神宮などが代表例です。社号だけを見て単純な上下関係として読むのは避けたほうが穏当です。
大社と神宮はどう違うのですか?
いずれも社号の一つで、神社名に付される称号です。古くは大社は出雲大社、神宮は伊勢神宮を指す呼称で、それぞれ別格の歴史的経緯を持ちます。戦後は神宮号・大社号ともに広がり、現在は皇室と特にゆかりの深い神社や、広く崇敬を集める神社で用いられています。両者は系統が異なる呼称で、単純な優劣比較は避けたほうが穏当です。
明治神宮はなぜ「神宮」を称しているのですか?
明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后を祀る神社で、皇室にゆかりのある神社として「神宮号」が用いられています。明治神宮は大正 9 年(1920 年)創建で、明治以降、歴代天皇・皇室ゆかりの神社にも神宮号を用いる例が見られるようになりました。橿原神宮(神武天皇・媛蹈鞴五十鈴媛皇后を祀る)・平安神宮(桓武天皇・孝明天皇を祀る)などがこの流れに位置づけられます。
東京大神宮の「大神宮」とは何ですか?
大神宮は、東京大神宮のように、伊勢神宮の遥拝・分祀と関わる神社に見られる呼称です。東京大神宮は明治 13 年(1880 年)に東京における伊勢神宮の遥拝殿として創建され、横浜の伊勢山皇大神宮なども関連する流れに位置づけられます。「神宮」ではなく「大神宮」と称するのは、伊勢神宮との関係を示す呼称として理解できます。
八幡宮と神社の関係は何ですか?
八幡宮は、八幡神(応神天皇など)を祀る神社に広く見られる呼称で、宇佐神宮(大分県)を総本宮とし、石清水八幡宮(京都府)・鶴岡八幡宮(神奈川県)などが知られます。「八幡宮」は社号であると同時に、八幡信仰の系統を示す呼称としても理解できます。同様に、天満宮(菅原道真を祀る)・東照宮(徳川家康を祀る)なども、それぞれの信仰系統を示す呼称として広がりました。
一の宮は社号ですか?
一の宮は社号ではなく、旧国(令制国)ごとに有力・首位とされた神社を指す歴史的呼称です。たとえば「武蔵国一宮」と称される神社には複数の伝承・扱いがあり、地域史上の有力社を示す呼称として用いられてきました。社号と混同されやすい呼称ですが、別の層に位置づけられます。全国の一の宮の一覧や歴史的背景は、別記事『一の宮の意味と全国一覧』で扱っています。
戦前と戦後で社号の使い方はどう変わったのですか?
戦前は、神宮号は限定的な体系の中で用いられ、伊勢神宮を中心とした位置づけでした。大社号も古くは出雲大社を指す呼称でした。戦後、GHQ の神道指令(1945 年)で近代社格制度が廃止され、1946 年の神社本庁発足、1948 年の別表神社制度を経て、各神社の由緒や慣行に基づく社号の用い方が広がり、現在の多様な社号につながっています。
「大社」がつく神社は格が高いのですか?
「大社」は同じ言葉でも、時代によって指すものが違います。平安時代の延喜式神名帳では朝廷が格づけした社を指す古い区分、明治から戦前の近代社格制度では官幣大社・国幣大社という等級の中の呼び方、そして現在は由緒による社号(名称)として用いられています。近代社格制度は戦後の神道指令にともない廃止されたと説明されます。現在の「大社」は国が定めた格付けではないため、大社と名がつくから格が高い、と単純に読むのは避けたほうが穏当です。
神社本庁を離れた神社は、社号や格が変わるのですか?
神社本庁に属さない単立神社になっても、社号がそのまま用いられている例があります。金刀比羅宮は 2020 年に神社本庁から離脱して単立の宗教法人になったと公式に公表していますが、社号はそのまま用いられています。明治神宮も一時離れて後に戻ったとされますが、その間も社号は変わっていません。神社本庁に属すかどうかは組織のうえの区分で、社号の種類や格の上下とは別の軸として理解できます。
出雲大社の正式な読み方は「いづもおおやしろ」なのですか?
出雲大社は、一般には「いづもたいしゃ」と読まれますが、公式サイトのよくあるご質問では、正式には「いづもおおやしろ」であると案内されています。「大社」を「おおやしろ」と読む例は多くなく、ほかの大社の多くは「たいしゃ」と読まれます。

参考文献

一次資料(神社公式・神社本庁)

  • 神社本庁公式サイト「神宮・神社の名称」
  • 伊勢神宮公式サイト「神宮について」
  • 東京大神宮公式サイト「東京大神宮の紹介」
  • 明治神宮公式サイト「明治神宮とは」
  • 橿原神宮公式サイト「橿原神宮について」
  • 平安神宮公式サイト「由緒・歴史」
  • 熱田神宮公式サイト「熱田神宮について」
  • 北海道神宮公式サイト「御由緒」
  • 出雲大社公式サイト「御由緒」「よくあるご質問」
  • 金刀比羅宮公式サイト「由緒」「神社本庁離脱の経緯」
  • 『延喜式』巻九・十「神名帳」(平安時代、927 年成立)

補助参考(文化解説・辞書)

  • コトバンク / デジタル大辞泉「神宮」「大社」「神社」「宮」「社」「社号」「明神」「権現」「別表神社」
  • Wikipedia「神宮」「大社」「別表神社」「近代社格制度」(補助参考、確認の入口として)

本記事は、神社本庁公式・各神社公式案内・延喜式神名帳の一次資料を主軸に、第三者の文化解説も参照しながら、社号の意味と違いを整理したものです。神社や地域によって取り扱う名称や慣行に違いがあるため、訪問先の案内も併せてご確認ください。

※ 本記事の画像はChatGPT 等の生成AIによる象徴的なイメージ画像です。実際の景観とは異なる場合があります。詳細は免責事項をご覧ください。

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この記事を書いた人

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