全国一の宮一覧|旧国別の代表神社と社格の基本をやさしく解説

朝の杉並木の参道に複数の鳥居と本殿のシルエットが連なる静謐な構図、生成り washi 背景にタイトル「全国の一の宮」を配したアイキャッチ画像

「全国の一の宮を巡ってみたい」「一の宮って何?」と思ったとき、最初に困るのが全体像の把握です。日本各地の旧令制国ごとに一の宮として扱われる神社があり、合わせて102社・108か所(全国一の宮巡拝会の数え方)とされています。歴史も成立も国ごとに異なるため、最初は地理と歴史の両方が頭に入らないと迷いやすいのが実情です。

この記事では、五畿七道(ごきしちどう)の旧令制国別に一の宮を一覧で整理し、社格の意味・歴史的成立・複数一の宮の理由・新一の宮という位置づけ・巡拝の始め方までを、全国一の宮巡拝会の公式資料を主軸に、各神社公式と Wikipedia を補助的に参照して整理します。

目次

一の宮とは|定義と社格の基本

一の宮・二の宮・三の宮の社格序列を視覚化した概念図。中央に大きな本殿(一の宮)、手前にやや小さい本殿2つ(二の宮・三の宮)を配置し、地域の最高位という位置づけを表現

一の宮(いちのみや)とは、主に旧令制国ごとに、地域で最も高い社格・崇敬を受けたとされる神社を指す呼称です。旧令制国ごとに一の宮として扱われる神社があり、国によっては複数社が一の宮とされます。一の宮の次に位置づけられる神社を二宮(にのみや)、さらにその次を三宮(さんのみや)と呼びます。

ある地域で社格が最も高いとされる神社

「社格(しゃかく)」は神社の格式や序列を示す概念です。ただし「社格」は古代・中世・近代で意味合いが異なるため、近代社格制度とは区別して理解する必要があります。明治期に整備された近代社格制度(官幣大社・国幣大社など)とは別に、平安後期から鎌倉初期にかけて形成されたとされる地域的な社格・呼称として「一の宮」「二の宮」「三の宮」の序列があります。一の宮はその最上位で、地域の信仰の中心的な役割を担いました。

二の宮・三の宮との関係

多くの国では、一の宮・二の宮・三の宮(国によっては四の宮以上)の序列が伝えられています。「一宮」「二宮」「三宮」といった地名の中には、こうした社格や神社名に由来するとされるものがあります。神戸市の「三宮(さんのみや)」も、生田神社に関わる一宮〜八宮のうち三宮神社に由来すると説明されることがあります。

全国でおよそ100余社

全国の一の宮の総数は、全国一の宮巡拝会では102社・108か所とされています。一の宮は公的な統一リストがある制度ではないため、どの神社を含めるかによって数え方が変わります。一国に複数の一の宮がある国(越中国の4社など)や、明治以降に一の宮として扱われる例(北海道神宮など)を含むかどうかで、数え方に差が出ます。

一の宮の歴史|国司巡拝から自然に成立した社格

平安時代から鎌倉初期にかけての一の宮成立を絵巻風に表現した歴史的な構図。古い巻物・国府を象徴する建物・参道のシルエットで、国司神拝の慣行を視覚化

一の宮という呼称は、朝廷や国司が制度として定めたものではなく、地域の崇敬や国司神拝などを背景に形成された呼称とされています。全国一の宮巡拝会の説明では「平安時代から鎌倉時代初期にかけて逐次整った一種の社格」とされ、Wikipedia でも通説として11〜12世紀の成立が紹介されています。

平安時代から鎌倉初期にかけて成立

文献上の早い例として、平安後期の説話集『今昔物語集』に見える「周防ノ国ノ一宮」に関する記述が挙げられます。平安時代から鎌倉時代初期にかけて、各地で次第に整っていったとされます。

国司神拝との関係

有力な説の一つに、国司(任国の地方長官)が任国内の主要神社を巡拝する慣行(国司神拝)が、一の宮・二の宮などの序列形成に関わったとする見方があります。国司神拝の実態は10〜11世紀から見られ、12世紀ごろに一の宮の呼称として確立したと説明されることがあります。

朝廷や国司の指定ではなく、自然発生的な序列

大切なのは、一の宮は朝廷や国司が公式に「指定」したものではないという点です。式内社(延喜式神名帳・927年成立)を含む由緒ある神社の中から、地域の崇敬や勢力を背景に序列が形成されたと考えられます。

選定基準として明文化されたものはありませんが、神位だけでなく、地域での崇敬や政治的・社会的背景も関わったと考えられています。一部の解説では、土地開発や地域信仰との関係が指摘されることもあります。

全国一の宮一覧|五畿七道の旧令制国別

日本地図に五畿七道の8区分(畿内・東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)を色分けで示した概念図。各区分にラベル付き

ここからは、五畿七道(畿内・東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)の旧令制国別に、代表的な一の宮を一覧で整理します。資料により扱いが異なる場合や、一国に複数の一の宮が併記される場合があります。各神社の詳細は、関連記事や各神社の公式サイトをご確認ください。

畿内(5国)

令制国一の宮現代の所在
山城国賀茂別雷神社(上賀茂)、賀茂御祖神社(下鴨)京都府
大和国大神神社(おおみわ)奈良県
河内国枚岡神社(ひらおか)大阪府東部
和泉国大鳥大社(おおとり)大阪府南部
摂津国住吉大社(すみよし)大阪府北部

東海道(15国)

令制国一の宮現代の所在
伊賀国敢國神社(あえくに)三重県西部
伊勢国椿大神社(つばきおおかみやしろ)、都波岐奈加等神社(つばきなかとじんじゃ)など、資料により併記三重県東部
志摩国伊雑宮(いざわのみや)三重県志摩
尾張国真清田神社(ますみだ)愛知県西部
三河国砥鹿神社(とが)愛知県東部
遠江国小国神社、事任八幡宮(おくに・ことのまま)静岡県西部
駿河国富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐう)静岡県中部
伊豆国三嶋大社(みしま)静岡県伊豆
甲斐国浅間神社(あさま)山梨県
相模国寒川神社(さむかわ)神奈川県
武蔵国小野神社、氷川神社(おの・ひかわ)東京都・埼玉県
安房国安房神社(あわ)千葉県南部
上総国玉前神社(たまさき)千葉県中部
下総国香取神宮(かとり)千葉県北部
常陸国鹿島神宮(かしま)茨城県

東山道(8国)

令制国一の宮現代の所在
近江国建部大社(たけべ)滋賀県
美濃国南宮大社(なんぐう)岐阜県南部
飛騨国飛騨一宮水無神社(ひだいちのみやみなし)岐阜県北部
信濃国諏訪大社(すわ)長野県
上野国一之宮貫前神社(ぬきさき)群馬県
下野国二荒山神社(ふたらさん)。宇都宮二荒山神社・日光二荒山神社は別社として扱われる栃木県
陸奥国鹽竈神社、都都古和氣神社、都々古別神社宮城県・福島県など
出羽国鳥海山大物忌神社(ちょうかいさんおおものいみ)山形県・秋田県

北陸道(7国)

令制国一の宮現代の所在
若狭国若狭彦神社(わかさひこ)福井県南部
越前国氣比神宮(けひ)福井県北部
加賀国白山比咩神社(しらやまひめ)、石部神社(いそべ)石川県
能登国氣多大社(けた)石川県北部
越中国気多神社、高瀬神社、射水神社、雄山神社(4社)富山県
越後国彌彦神社、居多神社、天津神社新潟県
佐渡国度津神社(わたつ)新潟県佐渡

山陰道(8国)

令制国一の宮現代の所在
丹波国出雲大神宮(いずもだいじんぐう)京都府北部
丹後国籠神社(この)京都府北端
但馬国出石神社、粟鹿神社(いずし・あわが)兵庫県北部
因幡国宇倍神社(うべ)鳥取県東部
伯耆国倭文神社(しとり)鳥取県西部
出雲国出雲大社(いずも)島根県東部
石見国物部神社(もののべ)島根県西部
隠岐国水若酢神社、由良比女神社島根県隠岐

山陽道(8国)

令制国一の宮現代の所在
播磨国伊和神社(いわ)兵庫県南部
美作国中山神社(なかやま)岡山県東部
備前国吉備津彦神社(きびつひこ)岡山県東部
備中国吉備津神社(きびつ・岡山市)岡山県中央部
備後国吉備津神社(きびつ・福山市)広島県東部
安芸国厳島神社(いつくしま)広島県
周防国玉祖神社(たまのおや)山口県東部
長門国住吉神社(すみよし)山口県西部

南海道(6国)

令制国一の宮現代の所在
紀伊国日前神宮・國懸神宮、丹生都比売神社、伊太祁曽神社和歌山県
淡路国伊弉諾神宮(いざなぎ)兵庫県淡路島
阿波国上一宮大粟神社、一宮神社、大麻比古神社、八倉比売神社徳島県
讃岐国田村神社(たむら)香川県
伊予国大山祇神社(おおやまづみ)愛媛県
土佐国土佐神社(とさ)高知県

西海道(11国)

令制国一の宮現代の所在
筑前国住吉神社、筥崎宮(はこざき)福岡県北部
筑後国高良大社(こうら)福岡県南部
豊前国宇佐神宮(うさ)大分県北部
豊後国柞原八幡宮、西寒多神社(ゆすはら・ささむた)大分県
肥前国與止日女神社、千栗八幡宮(よどひめ・ちりく)佐賀県
肥後国阿蘇神社(あそ)熊本県
日向国都農神社(つの)宮崎県
大隅国鹿児島神宮(かごしまじんぐう)鹿児島県東部
薩摩国枚聞神社、新田神社(ひらきき・にった)鹿児島県西部
壱岐国興神社、天手長男神社長崎県壱岐
対馬国海神神社、厳原八幡宮神社長崎県対馬

読み方や祭神は神社・地域によって解釈が分かれることがあります。詳細は各神社の公式サイト・案内板でご確認ください。

旧令制国と現代都道府県の対応

一の宮の地理を理解するうえで欠かせないのが、旧令制国(りょうせいこく)と現代の都道府県の対応です。律令制下で整備された令制国は、五畿七道に分けられ一般に68国とされます。現代の都道府県とは1対1の対応ではなく、複数の国が一つの県にまとまっていたり、国が県境をまたいでいたりします。

五畿七道とは

🗾 五畿七道(律令制の地理区分)
  • 畿内(きない):山城・大和・河内・和泉・摂津 (近畿の中心5国)
  • 東海道(とうかいどう):伊賀〜常陸 (太平洋側の街道、計15国)
  • 東山道(とうさんどう):近江〜陸奥 (内陸を東北へ、計8国)
  • 北陸道(ほくりくどう):若狭〜佐渡 (日本海側、計7国)
  • 山陰道(さんいんどう):丹波〜隠岐 (中国地方の日本海側、計8国)
  • 山陽道(さんようどう):播磨〜長門 (中国地方の瀬戸内側、計8国)
  • 南海道(なんかいどう):紀伊〜土佐 (紀伊半島・四国・淡路、計6国)
  • 西海道(さいかいどう):筑前〜対馬 (九州・壱岐・対馬、計11国)

対応表の例

旧令制国と現代都道府県の対応は、いくつかのパターンに整理できます(代表例)。

  • 1国が現在の県の一部にあたる例:尾張国=愛知県西部、三河国=愛知県東部
  • 1国が複数都県にまたがる例:武蔵国=東京・埼玉・神奈川北部、肥前国=佐賀県・長崎県の一部、陸奥国=東北地方の広い範囲
  • 複数の旧国が1県に含まれる例:岡山県には備前国・備中国・美作国、広島県には安芸国と備後国の一部が含まれます
  • 現在の県域と旧国域が比較的近い例:香川県=讃岐国、愛媛県=伊予国、高知県=土佐国
  • 1国が複数県の一部にまたがる例:摂津国=大阪府北部・兵庫県南東部、豊前国=福岡県東部・大分県北部

このため、現代の都道府県名から一の宮を探す場合は、まず旧令制国の地域に分けて見るとわかりやすくなります。

複数一の宮の例と、序列に揺れがある国

越中国(富山県)に4社の一の宮(気多神社・高瀬神社・射水神社・雄山神社)が並立する様子を、地図シルエットの上に4つの鳥居シンボルで視覚化した概念図

旧国ごとに1社を中心に扱うことが多い一の宮ですが、実際には複数社が併記される国や、一の宮と二の宮の関係に揺れがある国があります。国によって事情は異なりますが、地域の有力神社の並立、時代による地位の変化、信仰圏の違いなどが背景と考えられます。

越中国の4社

富山県にあたる越中国は、4社が一の宮を称する国として知られています。気多神社・高瀬神社・射水神社・雄山神社の4社で、いずれも越中国内で由緒ある神社です。各神社がそれぞれ独自の信仰圏を築き、いずれも「一の宮」と扱われた歴史的経緯があります。

序列に揺れがある例

山口県西部の長門国は住吉神社が一の宮として知られています。Wikipediaでは長門国などを例に、序列の扱いに揺れがある国も紹介されています。これは複数の一の宮が並立する例とは別の話で、地域の信仰実態によって序列の境界が緩やかになる場合があったことを示しています。

なぜ複数一の宮や序列の揺れが生じたか

背景には、以下のような事情が考えられています。

  • 地域内の有力氏族・領主がそれぞれ崇敬する神社が並立した
  • 時代によって一の宮の地位が交代したが、両方が呼称を保持した
  • 朝廷や国司の指定ではなく、地域の崇敬から形成された呼称のため明確な単一性が確立しなかった

一の宮が「公的指定制度」ではなく「地域の崇敬に基づく呼称」であったことが、こうした複数一の宮や序列の揺れの背景にあります。

新一の宮という位置づけ|明治以降の例

令制国制は明治に入って廃止されましたが、その後、令制国に含まれない地域(北海道など)に対しても、「新一の宮」として位置づける動きが生じました。これは公的な制度ではなく、近代以降に一の宮として扱われる例という位置づけです。

令制国に含まれない地域への扱い

北海道は明治以前は「蝦夷地」と呼ばれ、令制国の枠外にありました。明治2年(1869年)に「北海道」として組み込まれた後も、当時の一の宮は存在しませんでした。そこで、明治期以降に創建あるいは扱いが生じた神社を「新一の宮」として位置づける動きが生まれました。

北海道神宮の位置づけ

北海道の代表的な「新一の宮」とされるのが北海道神宮(札幌市)です。北海道神社庁の説明では、明治2年(1869年)に開拓三神を祀る北海道鎮座神祭が行われ、明治4年に「札幌神社」と社名が定められました。昭和39年(1964年)に明治天皇を増祀して北海道神宮と改称された経緯があります。詳しい背景や鳥居の謎については、関連記事もご参照ください。

全国一の宮巡りの始め方

諸国一宮御朱印帳と参拝の象徴(御朱印帳の見開き、和紙、お守り袋など)を机に俯瞰で並べた構図。全国一の宮巡りの始め方を象徴的に表現

全国一の宮を巡ってみたい、と思った方のために、巡拝の基本的な始め方を整理します。100余社をすべて回るのは時間がかかりますが、地域単位や週末旅行のリズムで楽しむ方も多くいます。

全国一の宮巡拝会

全国一の宮を巡る活動を支える組織として、「全国一の宮巡拝会」(または全国一の宮会)があります。一の宮として扱われる神社の一覧や、巡拝のための情報を提供しています。すべての一の宮が加盟しているわけではありませんが、巡拝を始めるうえでの参考になります。

専用の御朱印帳

全国一の宮巡拝会が監修する「諸国一宮御朱印帳」という専用の御朱印帳があります。各神社で御朱印をいただいて記録していくスタイルで、巡拝の記念として親しまれています。御朱印帳の選び方やサイズ・素材の違いについては、関連記事で詳しく整理しています。

心構えとペース配分

一の宮巡りは、全部回ることが目的ではなく、各神社で丁寧に参拝し、地域の歴史と信仰に触れることが本旨です。基本的な参拝作法は、関連記事もあわせてご参照ください。

全国一の宮のQ&A

一の宮は全部でいくつありますか?

全国一の宮巡拝会では102社・108か所とされています。一の宮は公的な統一リストがある制度ではないため、どの神社を含めるかによって数え方が変わり、複数一の宮(越中国の4社など)や、近代以降に一の宮として扱われる例(北海道神宮など)を含めるかどうかで数が変動します。

一の宮と二の宮はどう違いますか?

同じ令制国の中で、社格の序列を示す呼称です。一の宮は地域の最高位の神社、二の宮は次に位置する神社、三の宮はさらにその次という序列でした。朝廷の指定ではなく、地域の信仰実態や国司神拝などを背景に形成されたと説明されます。

なぜ一国に複数の一の宮があるのですか?

一の宮は朝廷や国司が公式に1社を「指定」したものではなく、地域の信仰実態から形成された呼称のため、複数の有力神社が並立した国があります。代表例として、越中国(富山県)では気多神社・高瀬神社・射水神社・雄山神社の4社が一の宮として扱われます。なお、長門国のように一の宮と二の宮の関係に揺れがあると紹介される例もありますが、複数一の宮とは分けて理解するとよいでしょう。

北海道に一の宮はありますか?

古代の令制国制では北海道(蝦夷地)は対象外だったため、伝統的な意味での一の宮は存在しません。しかし明治以降に「新一の宮」として位置づけられた神社があり、北海道では北海道神宮(札幌市)が代表例とされています。

全国一の宮を全部回るとどのくらいかかりますか?

すべてを巡るには相応の時間がかかるため、数年単位で少しずつ巡る人もいます。週末ごとの近隣訪問を続けるスタイル、長期休暇に地域単位で集中訪問するスタイル、時間をかけて趣味として巡るスタイルなど、ペース配分は人それぞれです。

一の宮の御朱印を集める専用の御朱印帳はありますか?

はい、全国一の宮巡拝会が監修する「諸国一宮御朱印帳」があります。一の宮の御朱印を集めるための専用設計で、巡拝の記念帳として親しまれています。一般的な御朱印帳との違いやサイズ・素材の選び方は、関連記事を参照してください。

まとめ|旧国別ハブとしての一の宮

全国の一の宮は、五畿七道の旧令制国別に整理することで全体像が見えてきます。朝廷の指定ではなく、地域の崇敬や国司神拝などを背景に形成された呼称であり、複数一の宮や、近代以降に一の宮として扱われる例も含まれます。一の宮巡りは、地理と歴史を重ねて日本の信仰文化に触れる旅といえます。

本記事のクイックチェックリスト

  • 一の宮は旧令制国ごとに、地域で最も高い社格・崇敬を受けたとされる神社の呼称
  • 全国一の宮巡拝会では102社・108か所(数え方により差が出る)
  • 平安〜鎌倉初期に各地で次第に整っていった呼称(朝廷の指定ではない)
  • 越中国4社など、複数社が一の宮を称する国がある
  • 北海道神宮など、近代以降に一の宮として扱われる例もある
  • 巡拝には専用御朱印帳「諸国一宮御朱印帳」が用意されている

神社巡り・神社文化と関連する記事

一の宮の全体像を押さえたら、個別神社の深掘りや、参拝の作法・神話の背景などをあわせて読むと、神社巡りがより立体的になります。

参考・引用ソース

主要ソース(一覧・成立史の根拠)

  • 全国一の宮巡拝会 公式サイト「一の宮巡拝会」(102社・108か所、御朱印帳の根拠)
  • 北海道神社庁「北海道神宮」(明治2年の北海道鎮座神祭、明治4年の札幌神社、昭和39年の北海道神宮改称の根拠)
  • 北海道神宮 公式サイト「由緒」(北海道神宮の由緒確認用)

補助的参考

  • Wikipedia「一宮」(成立過程・通説の確認)
  • Wikipedia「令制国一覧」(旧国と都道府県対応の確認)
  • 玄武神社「諸国一宮二宮三宮」(一覧の初期確認用)
  • 各神社公式サイト(個別神社の名称・所在地確認用)

著者について

あやとき編集部は、神社・神道・日本の伝統文化の「綾(織り合わされたパターン)」を「解く(読み解く)」ことをテーマに、公的資料と専門サイトを参照しながら記事を制作しています。本記事は全国一の宮巡拝会の公式情報を一覧・社数・御朱印帳の根拠として、北海道神社庁・北海道神宮公式を新一の宮と社名変遷の根拠として参照しました。Wikipedia「一宮」「令制国一覧」、玄武神社「諸国一宮二宮三宮」は補助的に確認しています。

一の宮の数や読み方、複数一の宮の解釈には資料による揺れがあります。本記事は代表的な見方をまとめた参考情報です。実際の参拝にあたっては、訪問先の神社の案内板や公式情報をあわせてご確認ください。神社の格付けは時代と地域によって変遷しており、本記事で扱いきれなかった精緻な議論が多く残されています。

※ 本記事の画像はChatGPT 等の生成AIによる象徴的なイメージ画像です。実際の景観とは異なる場合があります。詳細は免責事項をご覧ください。

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この記事を書いた人

あやとき編集部は、40代の編集メンバーで運営しています。子を持つ親としても、一人の人間としても、暮らしに息づく神社との関わりを大切にしながら、全国の神社文化を丁寧に読み解いていきます。

神道や神社の奥深さを、専門用語に頼らず、どなたにも分かりやすい言葉でお届けします。読者の方と同じ目線で、共に学んでいく姿勢を基本としています。詳しくは運営者情報をご覧ください。

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