厄年の年齢は、全国どこでも同じだと思っていませんか。数え年で男性は25歳・42歳・61歳、女性は19歳・33歳・37歳。多くの解説がこの並びを載せているので、決まった一覧があるように見えます。ところが、社寺の公式ページを並べて見比べると、年齢の数え方そのものが違う寺まで出てきました。
この記事では、厄年の数え方と当年の早見表という基本を押さえたうえで、2026年9月に神社本庁と社寺10か所の公式厄年表を実際に照合した結果を載せます。どの年齢が動かず、どこから社寺ごとに割れるのか。自分の年齢が割れる側だったときにどう決めればいいのか。厄払いをいつ、どこで、どう受けるのかまで、順に確認していきます。
- 厄年は一般に数え年で数え、前厄・本厄・後厄の3年をひとまとまりとして扱います(満年齢を使う社寺もあります)
- 公式の厄年表11件のうち10件は数え年で示しており、その10件では男性25歳・42歳・61歳と女性19歳・33歳の5つが全件に載っていました
- 有名な年齢のうち最初に割れるのは女性37歳(10件中9件)で、女性の並びに61歳を入れるのは10件中6件、49歳や4歳を加える社寺もありました
- 11件目の川崎大師は「その年の満年令を使います」と明記しており、年齢の数え方そのものが他と違います
- 数え年をいつ足すかも一様ではなく、元日とする説明と、立春とする説明の両方が公式ページに見られます
- 神社本庁は、厄年がもともと還暦や古稀と同じ年祝いの系統でもあったと説明しています
- 厄払いは元旦から節分ごろまでに受ける方が多いものの、多くの社寺が通年で受け付けています
厄年とはどんな年か

厄年(やくどし)とは、人生のなかで体調や環境が変わりやすいとされ、慎んで過ごすものとされてきた年齢のことです。神社本庁は、厄年を数え年で数えるものとし、地域によって多少異なるところもあるとしたうえで、男性は25歳・42歳・61歳、女性は19歳・33歳・37歳(および61歳)を挙げています。神社では厄祓い(やくばらい)、寺院では厄除け(やくよけ)の祈祷を受ける習わしが広く続いています。
前厄・本厄・後厄の3年をひとまとまりで数える
厄年は1年で終わりません。本厄(ほんやく)の前年を前厄(まえやく)、翌年を後厄(あとやく)と呼び、この3年をひとまとまりとして扱うのが一般的です。たとえば男性の42歳が本厄なら、41歳が前厄、43歳が後厄になります。
- 前厄 本厄の前年。備えの年として案内されることが多い
- 本厄 厄年の中心にあたる年
- 後厄 本厄の翌年。厄が薄れていく年として案内されることが多い
大厄と呼ばれる年齢
厄年のなかでも、男性の42歳と女性の33歳は大厄(たいやく)と呼ばれ、とくに慎むべき年として案内されます。今回見た11件のうち、大厄という言葉を使っている社寺では、ほぼすべてがこの2つを大厄としていました。産泰神社の解説では、42歳が「死に」、33歳が「散々」と語呂が重なることが理由の一つとして紹介されています。
もともとは年祝いの仲間でもあった
厄年というと災難の年という受け取り方が強いのですが、神社本庁の解説はそれだけではないと書いています。厄年は本来、還暦や古稀などの年祝いと同じく「晴れの年齢」と考えられていたとされ、その年齢を迎えることは地域社会で一定の地位に就くことを意味した、と説明されています。神事に多く関わるようになるため、心身を清らかに保ち、言動を慎む物忌(ものいみ)に服する必要があったというわけです。
では、祝いの年に、なぜ「厄」という字が当てられているのでしょうか。神社本庁の解説は、厄年の「厄」が神さまにお仕えする神役の「役」であるといわれるのも、そうした理由によるものだと書いています。年齢を重ねて地域のなかで役目を任される、その節目を指す言葉だったという説明です。
同じページには「現在では、災難が多く生じる面が強調されその禁忌の感覚が強くなりました」とも書かれています。禁忌(きんき)とは、忌んで避けることです。つまり、災難の年という受け取り方が強まったのは後のことだと、公式の解説そのものが書いていることになります。
この見方は神社本庁だけのものでもありませんでした。神奈川県小田原市の報徳二宮神社は、厄年を災難の起こる年として慎むべき年齢だと説明したうえで、その年代は「社会的責任も次第に重くなり、重要な役目を仰せつかるようになっていきました」とも案内しています。慎む年であると同時に、役目が増える年でもあるという書き方です。
神社本庁の説明で私が意外だったのは、厄年がもともと還暦や古稀と同じ年祝いの仲間として扱われていた、と書かれていたことです。地域の中で役目を持つ年齢になった、という意味もあったそうです。今は災難の年という受け取り方が強いですが、私は古いほうの意味も知っておきたいと思っています。厄年に当たる年齢は、仕事でも家庭でも任されることが増える時期と重なります。用心する年というより、任されることが増える年だと考えるほうが、実感に近い気がします。
数え年の読み替えと、厄年はいつ始まっていつ終わるのか

厄年の年齢は、多くの社寺が数え年(かぞえどし)で示しています。数え年は、生まれた時点を1歳とし、年が改まるたびに1つ足していく数え方です。ふだん使っている満年齢とは1つか2つずれるため、早見表を見る前に自分の数え年を出しておくと迷いません。
数え年の出し方
所澤神明社の案内では、次のように説明されています。計算そのものは2通りしかありません。
- 今年すでに誕生日を迎えた方は、満年齢に1を足す
- 今年まだ誕生日が来ていない方は、満年齢に2を足す
数え年は誕生日ではなく年の改まりで増えます。ですから誕生日が来ても厄年は終わりません。年の改まりを元日とする社寺なら、その年いっぱいが厄年の期間です(立春を起点とする社寺では、次の節分までになります)。生まれ年から引く形で確認したい方は、次の早見表を見るほうが早いと思います。
起点は元日か立春か
年が改まる日をどこに置くかは、実は一様ではありません。元日とする社寺と、立春とする社寺の両方が実在します。神社本庁の解説は「元日で1つ歳をとる計算をします」と書いています。一方、山口県周南市の出雲大社三丘教会は、数え年の説明で「暦で見る一年は立春から始まり節分までとします」と書き、1月20日生まれの方は前年の生まれとして数えるという具体例まで載せています。
この違いに当たると、自分の厄年が1年ずれます。今回見た11件の厄年表では、起点にふれているものは元日としていました。ただ、上のように立春を採る社寺も実在しますから、気になる方は参拝先に確認するのが確実です。なお「厄払いは節分までに受けるとよい」という言い伝えは、厄年の起点の話とは別のもので、混同されやすい点です。節分そのものの由来は『節分と神社』で扱っています。
当年の厄年早見表
令和8年(2026年)に厄年へ当たる生まれ年をまとめました。数え年は元日で1つ増える数え方に沿っています。
| 区分 | 男性(数え年/生まれ年) | 女性(数え年/生まれ年) |
|---|---|---|
| 前厄 | 24歳/2003年(平成15年) | 18歳/2009年(平成21年) |
| 本厄 | 25歳/2002年(平成14年) | 19歳/2008年(平成20年) |
| 後厄 | 26歳/2001年(平成13年) | 20歳/2007年(平成19年) |
| 前厄 | 41歳/1986年(昭和61年) | 32歳/1995年(平成7年) |
| 本厄(大厄) | 42歳/1985年(昭和60年) | 33歳/1994年(平成6年) |
| 後厄 | 43歳/1984年(昭和59年) | 34歳/1993年(平成5年) |
| 前厄 | 60歳/1967年(昭和42年) | 36歳/1991年(平成3年) |
| 本厄 | 61歳/1966年(昭和41年) | 37歳/1990年(平成2年) |
| 後厄 | 62歳/1965年(昭和40年) | 38歳/1989年(昭和64年・平成元年) |
公式の厄年表を11件並べてみた

ここからがこの記事の本題です。厄年を調べていると「神社によって異なる場合があります」という但し書きによく出会いますが、では実際にどこが違うのかまでは、なかなか書かれていません。そこで2026年9月5日に、神社本庁と社寺10か所の公式ページを開いて、掲載されている年齢と、その年齢を数え年で示しているのか満年齢で示しているのかを書き出して並べました。
数え年を使う10件で完全に一致したのは5つ
先に結論を書きます。11件のうち10件は年齢を数え年で示し、残る1件(川崎大師)だけが満年齢でした。数え年の10件では、男性25歳・42歳・61歳と女性19歳・33歳の5つが、10件すべてに載っていました。厄年の話の土台になっているのは、この5つです。逆に言えば、それ以外はどこかで割れます。
| 社寺 | 年齢の基準 | 男性の本厄 | 女性の本厄 | 特記 |
|---|---|---|---|---|
| 神社本庁 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37・61 | 「地域によって多少異なるところもありますが」と留保。本文では61歳が括弧書きだが、当年の女性表には61歳の本厄行がある。数え年は元日で加算と明記 |
| 大國魂神社 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37・61 | 解説ページは19・33・37のみ。御祈祷ページの早見表は女性にも61歳を載せ「還暦は男女共通の厄年となります」と明記 |
| 所澤神明社 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37 | 「近年では女性の61歳も厄年と定める社寺も増えている」と注記 |
| 小平神明宮 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37 | 年祝・長寿の祝いは別表 |
| 鹽竈神社 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37 | 男女共通の厄年12の年齢を別立てで掲載。八方塞がりも併載 |
| 大崎八幡宮 | 数え年 | 25・42 | 19・33・37 | 49歳と61歳を男女共通の厄年として掲載 |
| 産泰神社 | 数え年 | 4・25・42・61 | 4・19・33・37・61 | 男女とも4歳を掲載。方位除け一覧も併載 |
| 柏原八幡宮 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37・61 | 歳祝いは古希以降を別掲 |
| 間々田八幡宮 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・37・61 | 厄年と方位除けが重なる年を別表記 |
| 報徳二宮神社 | 数え年 | 25・42・61 | 19・33・49 | 女性37歳の記載なし。女性49歳を掲載 |
| 川崎大師(真言宗) | 満年齢 | 25・42・60 | 19・33・60 | 「その年の満年令を使います」と明記。女性37歳の記載なし |
割れているのは、この4か所
数え年を使う10件のなかで、載っていたり載っていなかったりする年齢を抜き出すと次のようになります。数字の少ないところほど、その社寺だけの扱いということになります。
- 女性37歳 10件中9件に掲載。載せていなかったのは報徳二宮神社のみ。有名な年齢のなかでは、ここが最初に割れる
- 女性61歳 10件中6件が載せています。内訳は、女性の表に61歳の行を置くのが5件(神社本庁・大國魂神社・産泰神社・柏原八幡宮・間々田八幡宮)、男女共通の枠で置くのが1件(大崎八幡宮「男女還暦61歳大厄」)。載せていない4件のうち、所澤神明社は「近年では女性の61歳も男性と同様に厄年と定める社寺も増えている」と注記して希望に応じる形
- 49歳 主な厄年として掲げているのは10件中2件で、大崎八幡宮は「男女49歳厄年」、報徳二宮神社は女性の本厄として掲載。このほか鹽竈神社が、別立ての男女共通の厄年12の年齢のなかに49歳を含めている
- 4歳などの若い年齢 扱いが3通りに分かれます。産泰神社は男女の厄年表そのものに4歳を入れ、鹽竈神社は男女共通の厄年として4・10・13・16・22・28・40・46・49・52・55・58歳を別立てで掲げ、所澤神明社は大人の表とは分けて、子供の厄年という項目に1歳・4歳・7歳・10歳・13歳・16歳を並べています
男性42歳と女性33歳という有名な組み合わせを軸にすると全国共通に見えるのですが、女性37歳から先は社寺ごとに分かれます。自分の数え年が上の4か所に当たるなら、参拝先の表を見ないと判断できません。
11件目は、年齢の数え方そのものが違う
ここがいちばん見落としやすいところです。11件目の川崎大師は、年齢の並びが違うのではなく、年齢の数え方そのものが他の10件と違います。公式ページに「川崎大師では年齢を数えるのに『その年の満年令』を使います」と書かれています。ほかの10件はいずれも数え年と明記していました。
基準が違うと、同じ数字が別の人を指します。数え年は満年齢より1つか2つ大きくなるので、たとえば「25歳が本厄」と書かれていても、数え年の表と満年齢の表では、当てはまる生まれ年が1年ずれます。川崎大師の表に女性37歳が出てこないのも、この基準の違いを含めて読む必要があります。
なぜ割れるのか
厄年の年齢を全国で統一する決まりは、少なくとも今回確認した公式ページの範囲では見当たりませんでした。神社本庁は代表的な年齢を示していますが、各社寺がそれに従わなければならないという形の記述はありません。所澤神明社が女性61歳について「近年では定める社寺も増えている」と書いているのは、今も扱いが動いていることをそのまま示しているように読めます。
厄年の年齢は、それぞれの土地や社寺で受け継がれてきた慣行がそのまま案内になっている、と読むほうが実態に近そうです。だとすれば、割れている年齢について全国共通の正解を探しても答えは出ません。お参りする先の表に合わせるのが、いちばん確実な進め方になります。
自分の年齢が割れる側だったときの決め方

ここまでを踏まえると、やることは単純です。全国共通の正解を探すのではなく、お参りする社寺の表に合わせる。年齢の基準と起点まで一緒に確かめておけば、迷いはほぼ消えます。
自分の数え年を出します。今年の誕生日を迎えていれば満年齢に1、まだなら2を足します。
その数え年が、男性25歳・42歳・61歳、女性19歳・33歳・37歳のいずれかに当たるかを見ます。ここに当たっていれば、数え年を使う社寺のあいだで扱いが分かれることはほとんどありません。
当たっていない場合でも、女性61歳や49歳に当たる方は、お参りしたい社寺の公式ページで厄年表を開いてください。掲載があればその年が厄年、なければ厄年として扱われていません。このとき、その表が数え年か満年齢かの注記も一緒に確かめます。なお4歳など若い年齢は、子どもの厄年として大人の表とは別に案内している社寺があります(今回の11件では、所澤神明社が大人の表と分けて子供の年齢をまとめていました)。
公式ページに厄年表が見当たらないときは、社務所へ問い合わせます。年齢の基準(数え年か満年齢か)と、数え年の起点を元日と立春のどちらで見ているかも、あわせて聞いておくと確実です。
複数の社寺で表が違ったからといって、両方で受けなければならないわけではありません。祈祷は受ける社寺の作法に沿って行われるものですから、その社寺の表で判断すれば足ります。
厄年の年齢はどこから来たのか

そもそも、なぜこの年齢なのでしょうか。よく紹介されるのは陰陽道(おんみょうどう)に由来するという説明ですが、その出典まで示している資料は見当たりませんでした。ここでは、どの説がどんな資料に載っているのかを分けて並べます。
陰陽道に由来するという説明
厄年の起源を陰陽道に求める説明は、社寺の案内でも解説記事でも広く見られます。ただし、どの文献のどこに書かれているかを示したものには行き当たりませんでした。百科事典的な解説でも、陰陽道に起源があると考えられるとしつつ、出典は定かではないと注記されています。よく聞く説明が、出どころのはっきりした話とは限らない、ということになります。
仏典に年齢の並びが見えるという紹介
もう一つよく引かれるのが、仏典に年齢の列挙があるという話です。七・十三・三十三・三十七・四十二・四十九・五十二・六十一・七十三・八十五・九十七・百五という並びが、仏典に見えるものとして紹介されることがあります。33・37・42・61がここに含まれているのは目を引きます。ただし、よく挙げられる経名の本文を今回あらためて当たった範囲では、この年齢の並びは見つかりませんでした。出どころのはっきりしない紹介として扱うのが正確なところです。
語呂合わせの説と、体の変わり目という説
年齢そのものの理由としては、大きく2つの説明が並んでいます。一つは語呂合わせで、19が「重苦」、33が「散々」、42が「死に」、49が「始終苦」に通じるというものです。産泰神社の解説も「男性の42歳は『死に』、女性の33歳は『散々』に通じることから、大厄として特に忌み慎む年齢だと考えれています」と、この語呂にふれています。
もう一つは、その年齢が体や暮らしの変わり目に当たるという説明です。大國魂神社は厄年を「人生の転換期」であり、体の面でも心の面でも調子をくずしやすい年齢だと書いています。これは年齢が決まった理由の説明というより、いま厄年をどう受け止めるかという意味づけにあたります。
明治から大正にかけての学者である井上円了は、もともと体の変化する時期を経験から測ったものに、忌み数や言葉遊びが後から入り込んだのではないかと推測したと紹介されています。どれか一つが正解というより、いくつかの理由が重なって今の形になったと見るのが穏当なところです。
厄払いをいつ、どこで、どう受けるか

年齢の確認ができたら、次は受け方です。ここも決まりが一つに定まっているわけではないので、多い形と、そうでない場合の両方を押さえておくと動きやすくなります。
時期は元旦から節分ごろが多い
厄払いを受ける時期として、元旦から節分ごろまでを勧めている社寺があります。暦のうえでは立春を年の変わり目とみなす考え方があり、その前日にあたる節分までに厄を祓っておきたい、というところから生まれた習わしだと言われます。間々田八幡宮も「厄除け・方位除けのお祓いは、基本的には元旦から節分までの間に受けるのが良いとされております」と案内しています。
ただし、節分を過ぎたら受けられないわけではありません。今回公式ページを確認した範囲でも、大國魂神社・報徳二宮神社・川崎大師・間々田八幡宮は通年または毎日の受付を案内していました。相談サイトにも、行きそびれて心配しているという声に対して、時期は目安であり行けるときに行けばよい、という回答が寄せられています。予定が合わなかった年は、気づいたときに受ければ十分だと考えてよさそうです。
前厄と後厄も受けるかどうか
前厄・本厄・後厄の3年とも受ける方もいれば、本厄だけという方もいます。3年続けて受けることを勧める社寺もありますが、受けなければならないという決まりは見当たりませんでした。相談サイトでも、神社に勤める方から、3年とも受けなければいけないわけではないけれど気になるなら受けるとよい、という趣旨の回答が寄せられています。
神社と寺で呼び方が違う
神社では厄祓い、寺院では厄除けと呼ぶことが多く、寺院では護摩(ごま)を焚いて祈祷する形も見られます。ただ、この呼び分けは実際にはかなりゆるやかで、神社が厄除けという言葉を使うことも、寺院が厄払いと表現することもあります。言葉の違いで受ける場所を決める必要はありません。神社と寺院の両方にお参りする習わしは、今も各地に残っています。
本人が行けないとき
本人が参拝できない場合に、家族が代わりにお参りする代参(だいさん)という形もあります。相談サイトでも、住所と氏名を伝えれば代わりに受けられるという回答が見られます。ただし受付の扱いは社寺によって異なりますので、先に問い合わせてから向かってください。
予約がいるかどうかは社寺で分かれる
受ける日のあたりがついたら、次に確かめておきたいのが予約の扱いです。今回、厄除け・厄祓いの公式ページを開いた範囲では、ここも一律ではありませんでした。
まず、予約を受け付けていないと書いている社寺があります。神奈川県川崎市の川崎大師は「予約は必要ありません」として、祈祷の前にお堂で法話が行われると案内しています。福岡県太宰府市の太宰府天満宮も、厄除祈願のページで「個人祈願・団体祈願ともに、ご予約は受け付けておりません」としています。ただし2026年5月17日以降の案内では、企業や団体は収容の都合で事前に電話で問い合わせるよう求められています。団体で向かう場合は、当日の案内を先に確かめてください。
一方で、先に予約をお願いしている社寺もあります。神奈川県小田原市の報徳二宮神社は、混雑と待ち時間をやわらげるため正月を除いて「事前予約制」としており、オンラインでは当日の3日前から30日先まで予約できます。ただし厄除けの申込カレンダーを見ると、当日から2日前は当日受付で申し込む形になっていて、予約した方が優先されるという運用です。東京都港区の赤坂氷川神社は「ご祈願は事前予約をお願いします。ご予約がない場合、長時間お待ちいただくことがございます」と書いています。思い立った日にそのまま行くと、待つことになる場合があります。
遠くの社寺に頼みたいときのために、郵送で申し込める道を用意しているところもあります。川崎大師はお護摩札の郵送・配送を受け付けていますし、太宰府天満宮も参拝に来られない方向けに郵送での申し込みに応じています。島根県出雲市の出雲大社は、祈祷申込書をダウンロードして印刷し、必要事項を書いたうえで、ご祈祷料を添えて現金書留で申し込む方法を案内しています。
厄年に予定を入れてよいのか

厄年の話でいちばん相談が多いのが、結婚・引っ越し・転職・家を建てるといった大きな予定をどうするか、という点です。多くの解説は「避けたほうがよい」あるいは「慎重に判断する」という方向で書かれています。
ところが、相談サイトを読んでいくと、逆向きの言い伝えも各地に残っていることが分かります。新築や出産、結婚はむしろ厄落としになるという言い伝えが地域によってあり、実際に「控えるべきだと聞いた」「厄落としになると聞いた」の両方を聞いて迷っている、という相談が寄せられています。上位に出てくる解説記事は、避ける側の言い伝えだけを紹介していることがほとんどです。
厄年に家を建てるのは良くないと聞く一方で、家を建てると厄が落ちると伝わる土地もあります。正反対の言い伝えが両方残っているわけです。私はこれを、どちらが本当かという話ではないと考えています。人生の予定が集まる年齢だからこそ、その予定に理由を付けたくなる。付けた理由が土地によって逆向きになった、というだけのことではないでしょうか。だから私は、厄年を予定を決める材料には使わないほうがいいと思っています。決めるときに使うのは、体の具合や家の事情のような、目の前にある事実のほうです。
※本記事の厄年・厄払いに関する記述は文化的な伝承の解説を目的としたもので、特定の効果や結果を保証するものではありません。詳細は免責事項をご確認ください。
よくある質問
- 厄払いは前厄と後厄も受けたほうがいいですか?
3年とも受ける方もいれば、本厄だけという方もいます。3年続けて受けることを勧める社寺もありますが、受けなければならないという決まりは今回確認した範囲では見当たりませんでした。判断の目安としては、参拝先の案内に3年の記載があるかどうかを見て、あとはご自身が気になるかどうかで決めて差し支えありません。
- 本人が行けないとき、家族が代わりに受けてもいいですか?
代参(だいさん)という形で、家族が代わりにお参りする例があります。住所と氏名を申込書に記す形で受け付ける社寺もありますが、扱いは社寺によって異なります。遠方から申し込む場合は郵送やオンラインでの受付を設けているところもあるため、事前に社務所へ問い合わせてから向かうと確実です。
- 厄年に授かったお守りは、いつ返せばいいですか?
授与品はおおむね1年を目安に、感謝を伝えて返納するのが一般的です。厄年が3年続く場合、年ごとに受け直すよう案内している社寺もあります。返納の方法や時期は『お守りの種類と意味』で詳しく扱っています。
まとめ
この記事では、厄年の数え方と、社寺で年齢が割れる実態をお伝えしました。
- 厄年は一般に数え年で数え、前厄・本厄・後厄の3年をひとまとまりとして扱う(満年齢を使う社寺もある)
- 数え年は誕生日ではなく年の改まりで増えるため、誕生日が来ても厄年は終わらない(元日起点なら年末まで、立春起点なら次の節分まで)
- 年の起点は元日とする社寺と立春とする社寺の両方があり、確認しておくと1年のずれを避けられる
- 公式の厄年表11件のうち10件は数え年で、その10件では男性25歳・42歳・61歳と女性19歳・33歳の5つが全件一致した
- 割れるのは女性37歳(10件中9件)・女性61歳(10件中6件。うち3件は男女共通枠や括弧書き)・49歳・4歳などで、11件目の川崎大師は年齢の数え方そのものが満年齢と明記されている
- 自分の年齢が割れる側なら、お参りする社寺の表に合わせるのがいちばん早い
- 厄払いは元旦から節分ごろに受ける方が多いが、通年で受け付けている社寺も確認できた
厄年に当たっていると分かると、少し身構えてしまうものです。ただ、今回11件の表を並べてみて思ったのは、この年齢は誰かが一括で決めたものではなく、その土地ごとに気をつけてきた年齢が積み重なって残ってきたものではないか、ということでした。由来には諸説があり、これは今回見た範囲からの私の受け取り方です。あなたが次に厄年の話を聞いたときは、お参りしたい社寺の表を一度開いてみてください。そこに書かれている年齢が、その土地で大事にされてきた節目です。人生の節目に神社へお参りする習わし全体は『神社の年中行事とは』、子どもの成長を祝う節目は『七五三の意味と神社』で扱っています。
参考文献
一次資料(神社本庁・社寺公式)
- 神社本庁公式サイト「厄祓い」
- 大國魂神社公式サイト「男女の厄年について」/「御祈祷(厄年早見表)」
- 所澤神明社公式サイト「よくあるご質問 厄除」
- 小平神明宮公式サイト「厄年・年祝・早見表」
- 鹽竈神社公式サイト「厄年表」
- 大崎八幡宮公式サイト「厄年一覧表」
- 産泰神社公式サイト「厄年早見表と厄払い」
- 柏原八幡宮公式サイト「厄年について 厄年一覧表」
- 間々田八幡宮公式サイト「厄除け・方位除け早見表」
- 川崎大師公式サイト「厄年」/「厄除け・お護摩」
- 報徳二宮神社公式サイト「厄除け」/「厄除け申込カレンダー」/「オンライン御祈願事前申込」
- 太宰府天満宮公式サイト「厄除祈願」/「2026年5月17日以降のご祈願について」
- 赤坂氷川神社公式サイト「個人のご祈祷」
- 出雲大社公式サイト「郵送でのご祈祷、御神札・御守のお申し込みについて」
- 出雲大社三丘教会公式サイト「数え年」
補助参考(文化解説・相談サイト)
- Wikipedia「厄年」(確認の入口として、本文根拠としては用いない)
- Yahoo!知恵袋に寄せられた厄年・厄払いに関する相談(読者の疑問の把握と、言い伝えの分布の確認に用いた)
本記事は、神社本庁および社寺10か所の公式案内を2026年9月5日に照合し、掲載されている年齢を書き出したうえで、厄年の数え方と受け方を本記事独自に整理したものです。厄年の年齢と厄払いの受付は社寺や地域によって扱いが異なり、案内も改訂されることがあります。実際にお参りされる際は、参拝先の最新の案内をご確認ください。
