イザナギとイザナミは、古事記・日本書紀の神話に登場する 日本神話における最初の夫婦神として語られ、国生み・神生みを担った神々として知られています。古事記では 伊邪那岐神/伊耶那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神/伊耶那美神(いざなみのかみ)(校訂・表記方針により揺れがあります)、日本書紀では 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)と表記され、神世七代(かみよななよ)の最後の二柱とされます。
古事記が伝える二柱の物語は、国土の誕生から、神々の誕生、イザナミの死と黄泉国訪問、黄泉比良坂での別れ、イザナギの禊と三貴子(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)の誕生までの長い一連の神話として綴られています。物語のなかには、生と死、夫婦の絆と別離、清めの作法、世界の秩序の起こりなど、後の世まで読み継がれてきた大きなテーマが組み込まれています。
この記事では、古事記の流れに沿って、イザナギ・イザナミの物語をたどります。二柱の基本の整理から、国生み・神生み・カグツチ誕生とイザナミの死・黄泉国訪問・禊・三貴子誕生までの主要場面を順に整理し、最後に古事記と日本書紀の表記・展開の違いに触れます。伊弉諾神宮・多賀大社・江田神社・宮崎市や福岡市などの公式解説、國學院大學の古事記解説、三浦佑之『口語訳 古事記 神代篇』などを参照しながら、古典本文に確認できることと、各地に伝わる伝承地の由緒を分けて読み解きます。
イザナギ・イザナミとはどんな神々か

イザナギ・イザナミは、古事記・日本書紀の冒頭近くに登場する 神世七代の最後の二柱で、互いを夫婦として国土と多くの神々を生んだ神話の中心的な存在です。
古典に伝わる表記
古事記では 伊邪那岐神/伊耶那岐神・伊邪那美神/伊耶那美神、日本書紀では 伊弉諾尊・伊弉冉尊と表記されます。読み方はどちらも「いざなぎ」「いざなみ」で、神名の「いざな」については、「いざなう(誘う)」の語幹とみる説のほか、「いざ」を誘いの感動詞、「な」を連体助詞とみる説もあります。いずれにしても、二柱が互いに誘い合い、国生み・神生みを行う神格として理解されてきました。男性を示す「き(ぎ)」、女性を示す「み」が、それぞれの神名の末尾に重ねられているとも説明されています。
神世七代と二柱の位置づけ
古事記の冒頭では、天地のはじめに 別天つ神(ことあまつかみ)五柱が現れ、続いて 神世七代と呼ばれる神々が次々と現れたと記されています。神世七代は、最初の二代が独神(ひとりがみ)、続く五代が男女対(つい)の神々で、その 最後の対がイザナギとイザナミです。古事記のなかで、はじめて具体的な役割をもって動き出すのが、この二柱の神々です。
国生み(淡路島から大八島まで)

古事記によれば、別天つ神たちはイザナギ・イザナミに 「この漂っている国を修め固め成せ」と命じ、天の沼矛(あめのぬぼこ)を授けます。二柱は 天の浮橋(あめのうきはし)に立ち、沼矛を下界に差し下ろしてかきまぜ、引き上げた矛の先から滴り落ちた潮が積み重なって 淤能碁呂島(おのごろじま)になったと記されています。
最初の交わりとヒルコ・淡島の話
淤能碁呂島に降りた二柱は、天の御柱(あめのみはしら)と 八尋殿(やひろどの)を建てて、互いの身を確かめ合います。イザナギは「私の身体には一カ所余っているところがある」と告げ、イザナミは「私の身体には一カ所足りないところがある」と答えます。二柱は天の御柱を巡り、出会ったところで言葉を交わし、夫婦の交わりを結びました。
しかし、古事記の物語上は、最初の交わりで イザナミの方から先に声をかけたため、生まれた子は ヒルコ(蛭子)と 淡島(あわしま)で、いずれも正規の子の数には入れなかったと伝えられています。二柱は別天つ神に占いを請うと、女神から先に声をかけたのが不調の理由として語られ、もう一度天の御柱を巡って、今度は イザナギから先に声をかけて交わりを結びました。
大八島国の誕生
あらためての交わりにより、八つの島が次々と生まれたと古事記は記しています。古事記が伝える 大八島国(おおやしまぐに)の順は次のとおりです。
- 淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま): 淡路島
- 伊予之二名島(いよのふたなのしま): 四国
- 隠岐之三子島(おきのみつごのしま): 隠岐
- 筑紫島(つくしのしま): 九州
- 伊伎島(いきのしま): 壱岐
- 津島(つしま): 対馬
- 佐渡島(さどのしま): 佐渡
- 大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま): 本州
続いて、吉備児島(きびのこじま)や小豆島(あづきじま)など 六つの島もさらに生まれたと古事記は伝えています。最初に生まれた淡路島から大倭豊秋津島(本州)までを合わせて、大八島国と呼ばれます。
神生みとカグツチ・イザナミの死

大八島国を生んだ二柱は、さらに 多くの神々を生んでいきます。古事記には、家屋を司る神、海の神、川の神、山の神、野の神、風の神、木の神、穀物の神など、暮らしや自然のあらゆる場面に関わる神々が次々と生まれたと記されています。
カグツチ(火の神)の誕生とイザナミの死
多くの神々を生み続けるなかで、火の神 カグツチ(迦具土神、火之夜芸速男神とも)を生んだ時、イザナミは火傷を負って病に伏し、ついに亡くなったと古事記は伝えています。死の間際にも、イザナミの体からはさらに金属の神(金山毘古神・金山毘売神)や粘土の神(波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神)などが生まれたと記されており、死の場面にも生成の働きが連なっている描かれ方が印象的です。
イザナギの嘆きとカグツチ斬り
愛する妻を亡くしたイザナギは深く悲しみ、その涙からは 泣澤女神(なきさわめのかみ)が生まれたと記されています。妻を死に追いやった原因となった火の神に対し、イザナギは怒りのあまり 十拳剣(とつかのつるぎ)でカグツチを斬ったと古事記は伝え、剣に付いた血や、斬られたカグツチの体の各部からも、さらに多くの神々が生まれたとされています。
イザナミは 出雲国と伯耆国の境にある比婆山(ひばのやま)に葬られたと古事記は伝えています。比婆山の比定地については、島根県安来市・広島県庄原市など複数の説があり、伝承地として今も地名や神社が残っています。
黄泉国訪問と黄泉比良坂の別れ

妻イザナミに再び会いたいと願ったイザナギは、死と関わる異界として描かれる 黄泉国(よみのくに)へ向かいます。古事記のなかでも、特に物語性の濃い場面として知られる一節です。
イザナミの言葉と禁忌の約束
黄泉国の御殿の戸ごしに語りかけたイザナギに、イザナミは「あなたが先に来てくれたのは嬉しい。私も帰りたいけれど、もう黄泉国の食べ物を口にしてしまった(黄泉戸喫、よもつへぐい)」と答えます。それでもイザナミは黄泉の神々と相談してくると申し出ますが、「その間、決して私の姿を見ないでほしい」と固く約束を交わしました。
禁忌を破った場面と逃走
長く待たされたイザナギは、約束を破って戸の内を覗き見てしまいます。そこで目にしたのは、すでに変わり果てた妻の姿でした。古事記は、イザナミの体に 蛆(うじ)が涌き、八柱の雷神(やくさのいかづちのかみ)がまとわりついていたと描いています。驚いて逃げ出したイザナギを、恥をかいたと感じたイザナミは 黄泉醜女(よもつしこめ)や八柱の雷神、そして黄泉の軍勢に追わせます。
イザナギは桃の実を投げて追っ手をしりぞけ、最後には自らも追ってきたイザナミを迎えうちます。地上と黄泉国との境とされる 黄泉比良坂(よもつひらさか)で、イザナギは 千引(ちびき)の岩(千人がかりで動かせるほどの大岩)で道を塞いだと古事記は伝えています。
「一日に千人」「一日に千五百人」の応酬
岩の向こうからイザナミは 「あなたの国の人を一日に千人縊(くび)り殺そう」と告げ、イザナギは 「ならば、私は一日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」と応えました。この応酬によって、人が一日に千人死に、一日に千五百人生まれるという世のかたちが定まったと古事記は伝えています。生と死の流れ、世代の交代の起こりを語る、印象深い場面です。
黄泉比良坂の比定地として、島根県松江市東出雲町の 伊賦夜坂(いふやざか)が古くから伝えられており、地元には黄泉比良坂の伝承地が残っています。
イザナギの禊(阿波岐原での清め)

黄泉国から戻ったイザナギは、自らの体についた穢(けが)れを清めるため、筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわぎはら)と呼ばれる清らかな水辺に向かいました。そこで 禊(みそぎ)を行ったとされ、この場面は、後世の神道における祓・清めの観念を考えるうえで、重要な神話的場面として読み解かれます。
脱いだ物・水に入る所作と生まれた神々
古事記は、イザナギが身につけていた杖・帯・衣・袴・冠・腕飾りなどを順に投げ捨て、そのひとつひとつから神が生まれたと記しています。続いて水中に身を浸し、底に沈む段・中ほどに浮かぶ段・水面に流れる段でも、それぞれから神々が生まれていきました。
これらの段で生まれた神々のなかには、底筒之男神(そこつつのおのかみ)・中筒之男神(なかつつのおのかみ)・上筒之男神(うわつつのおのかみ)(住吉三神)や、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)、神直毘神(かんなおびのかみ)・大直毘神(おおなおびのかみ)など、後の信仰につながる神々が含まれます。穢れを祓い清める所作のなかから多くの神々が生成されたという描き方は、後世の神道における祓・清めの観念を考えるうえで、重要な神話的場面として読み解かれます。
阿波岐原の伝承地
禊の場とされる「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原」の比定地としては、宮崎県宮崎市阿波岐原町の禊池(みそぎいけ)・江田神社(えだじんじゃ)や、福岡県福岡市西区の小戸神社/小戸大神宮(おどだいじんぐう)周辺などが古くから伝えられています。いずれの伝承地でも、イザナギの禊にちなむ案内が今も読むことができます。
三貴子の誕生(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)

禊のしめくくりに、イザナギが左右の眼と鼻をすすぐと、特に貴い三柱の神々が生まれました。古事記が 「三柱の貴(うず)の子」と特別に位置づける神々で、後に 三貴子(さんきし、みはしらのうずのみこ)と総称されます。
三貴子の誕生場所と統治の委任
- 左眼から生まれた神は天照大御神(あまてらすおおみかみ) → 高天原(たかまがはら)の統治を委任される
- 右眼から生まれた神は月読命(つくよみのみこと) → 夜の食国(よのおすくに)の統治を委任される
- 鼻から生まれた神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと) → 海原(うなばら)の統治を委任される
イザナギは三柱の神々の誕生に喜び、自らの首にかけていた 御頸珠(みくびたま)(玉飾り)をアマテラスに授けました。古事記では、この御頸珠を 「御倉板挙之神(みくらたなのかみ)」と呼ぶと記されています。三貴子はそれぞれの世界の主神として、ここから日本神話の中心人物となっていきます。
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三貴子誕生のあとのイザナギ
三貴子に世界の統治を委ねたあとのイザナギについて、古事記は 淡海(おうみ、近江)の多賀(たが)に鎮まったと記しています。これが、現在の 滋賀県犬上郡多賀町の多賀大社に伝わるイザナギ・イザナミ鎮座の由緒の一つとされます。なお、日本書紀本伝には、淡路の幽宮(かくれみや)に隠れ住んだという記述もあり、これが 兵庫県淡路市の伊弉諾神宮の由緒として伝えられています。
古事記と日本書紀の違い(表記と展開)

イザナギ・イザナミの物語は、古事記と日本書紀の両方に記されていますが、表記や物語の展開には微妙な違いが見られます。両書を読み比べると、それぞれの編集方針の違いが浮き上がってきます。
表記の違い
| 項目 | 古事記 | 日本書紀 |
|---|---|---|
| イザナギ | 伊邪那岐神・伊耶那岐神など | 伊弉諾尊 |
| イザナミ | 伊邪那美神・伊耶那美神など | 伊弉冉尊 |
一般に、古事記は和語的表現を生かした語り、日本書紀は漢文による国家的編纂という性格の違いが指摘されており、表記の違いはその編集方針の差を反映していると整理されています。
国生み順序と「一書」の併記
大八島国の 生まれた順序は、古事記と日本書紀の本伝でも微妙に異なります。さらに日本書紀は本伝のほかに、「一書(あるふみ)に曰(いわ)く」として複数の異伝を並べる体裁を取っており、国生み神話だけで何種類かの伝えが併記されています。古事記が日本書紀に比べると一続きの語りとして読まれやすいのに対し、日本書紀は複数の伝承を比較できるように並べる、編集方針の違いがここに現れます。
カグツチ後のイザナミの死の扱い
古事記では、カグツチを生んだことでイザナミが亡くなり、三貴子はイザナギ一柱の禊から生まれるという流れになっています。一方、日本書紀の本伝では、イザナギ・イザナミが共に三貴子を生んだとする展開が記されており、イザナミの死の扱いに違いがあります。日本書紀の「一書」のなかには、古事記と同じくイザナミがカグツチで亡くなる伝えも記されており、複数の系統の伝承が組み合わさっていることがうかがえます。
よくある質問
- イザナギとイザナミはどんな神々ですか?
イザナギとイザナミは、古事記・日本書紀の神話に登場する日本神話における最初の夫婦神として語られ、神世七代の最後の二柱として、互いに国土と多くの神々を生んだ国生み・神生みの神々です。古事記では伊邪那岐神/伊耶那岐神・伊邪那美神/伊耶那美神、日本書紀では伊弉諾尊・伊弉冉尊と表記され、神名の「いざな」は「いざなう(誘う)」の語幹とみる説のほか、「いざ」を誘いの感動詞、「な」を連体助詞とみる説もあります。淡路島・四国・九州・本州などの大八島国を生み、家屋・海・川・山・野・風・木・穀物の神々を生み、最後に火の神カグツチを生んだことでイザナミが亡くなったと古事記は伝えています。
- 古事記と日本書紀での表記の違いは?
古事記では「伊邪那岐神/伊耶那岐神/伊邪那岐命」「伊邪那美神/伊耶那美神/伊邪那美命」(校訂・表記方針により揺れあり)、日本書紀では「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」と表記されます。読み方はどちらも「いざなぎ」「いざなみ」で同じです。一般に、古事記は和語的表現を生かした語り、日本書紀は漢文による国家的編纂という性格の違いが指摘されており、表記の違いはその編集方針の差を反映していると整理されています。
- 国生みで最初に生まれた島はどこですか?
古事記によれば、イザナギ・イザナミの正規の交わりで最初に生まれた大八島国の最初の島は、淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)で、現在の淡路島と一般に比定されています。続いて伊予之二名島(四国)・隠岐之三子島(隠岐)・筑紫島(九州)・伊伎島(壱岐)・津島(対馬)・佐渡島(佐渡)・大倭豊秋津島(本州)の順で、八つの島が次々と生まれたと記されています。なお、二柱の最初の交わりではヒルコ(蛭子)と淡島が生まれたものの、子の数には入れなかったとされ、正規の国生みは、別天つ神の助言で交わりの作法を整えた後の話として描かれています。
- なぜイザナミは亡くなったのですか?
古事記によれば、イザナミは火の神カグツチ(迦具土神)を生んだ際に火傷を負い、それが原因で病に伏してついに亡くなったと伝えられています。死の場面でも、イザナミの体からは金属の神や粘土の神が生まれたとされ、生と死の境界のなかにも生成の働きが連なっている描かれ方が、古事記の神話の特徴の一つとして読まれます。妻を死に追いやった原因となった火の神カグツチに対し、イザナギは怒りのあまり十拳剣で斬ったとされ、その血や体の各部からもさらに多くの神々が生まれたと記されています。
- 黄泉国訪問とはどんな物語ですか?
古事記によれば、亡くなったイザナミに再び会いたいと願ったイザナギが、死と関わる異界として描かれる黄泉国を訪れた物語です。御殿の戸ごしに語りかけたイザナギに、イザナミは黄泉の食べ物を口にしてしまったため戻れないと答えながらも、黄泉の神々と相談すると言い、「その間、私の姿を決して見ないで」と固く約束を交わします。長く待たされたイザナギが約束を破って覗いてしまうと、変わり果てた妻の姿があり、驚いたイザナギは逃走します。地上と黄泉国の境とされる黄泉比良坂で、千引の岩で道を塞ぎ、岩越しに「一日に千人縊り殺す」と告げるイザナミに「一日に千五百の産屋を建てる」と応えたとされ、これによって生と死の流れ、世代の交代の起こりが定まったと古事記は伝えています。
- イザナギの禊はどこで行われたとされていますか?
古事記は、黄泉国から戻ったイザナギが「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(あわぎはら)」で禊を行ったと記しています。比定地としては、宮崎県宮崎市阿波岐原町の禊池(みそぎいけ)・江田神社(えだじんじゃ)や、福岡県福岡市西区の小戸神社/小戸大神宮(おどだいじんぐう)周辺などが古くから伝えられており、それぞれの伝承地でイザナギの禊にちなむ案内が今も読むことができます。古事記が伝えるこの禊の場面は、後世の神道における祓・清めの観念を考えるうえで重要な神話的場面として読み解かれ、現代の神社祭祀や大祓詞の世界観にもつながると論じられてきました。
- 三貴子とは誰のことですか?
三貴子(さんきし、みはしらのうずのみこ)は、イザナギが禊のしめくくりに左右の眼と鼻をすすいだ時に生まれた、特に貴い三柱の神々を指します。古事記によれば、左眼から天照大御神(高天原を統治)、右眼から月読命(夜の食国を統治)、鼻から建速須佐之男命(海原を統治)が生まれ、それぞれの世界の統治をイザナギから委任されました。三貴子はここから日本神話の中心人物となり、天岩戸神話・出雲神話・国譲り神話など、後の物語へとつながっていきます。
- 古事記と日本書紀でイザナミの死の扱いはどう違いますか?
古事記では、火の神カグツチを生んだことでイザナミが亡くなり、その後の黄泉国訪問・禊・三貴子誕生はイザナギ一柱で進む流れになっています。一方、日本書紀の本伝では、イザナギ・イザナミが共に三貴子を生んだとする展開が記されており、イザナミがカグツチで亡くなる物語は載りません。ただし、日本書紀は本伝のほかに「一書(あるふみ)に曰く」として複数の異伝を並べる体裁を取っており、その一書のなかには、古事記と同じくイザナミがカグツチで亡くなる伝えも記されています。複数の系統の伝承が編集方針の違いで組み合わさっている例として、よく取り上げられます。
- イザナギ・イザナミを祀る神社はどこですか?
代表的な神社として、兵庫県淡路市の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)、滋賀県犬上郡多賀町の多賀大社、宮崎県宮崎市阿波岐原町の江田神社(えだじんじゃ)、福岡県福岡市西区の小戸神社/小戸大神宮(おどだいじんぐう)などが知られています。伊弉諾神宮は日本書紀本伝の「淡路の幽宮」の由緒を持つ古社で、多賀大社は古事記の「淡海(近江)の多賀」に鎮まったという伝えに由緒があるとされます。各神社の祭神や由緒・参拝方法は神社により異なるため、訪問予定の神社の公式案内で事前にご確認ください。
- イザナギ・イザナミの神話をもっと詳しく読むには何を読めばよいですか?
古事記の神代篇をまとめて読むなら、三浦佑之『口語訳 古事記 神代篇』(文春文庫)が読みやすい現代語訳として広く参照されています。神々の系譜や別名の整理には、戸部民夫『「日本の神様」がよくわかる本』(PHP文庫)が入門書として整理が行き届いています。一次資料そのものに触れたい場合は、岩波文庫・新潮日本古典集成・新編日本古典文学全集などの『古事記』『日本書紀』の校注本が読み解きの基本になります。神社の伝承や伝承地については、伊弉諾神宮や多賀大社の公式サイト、しまね観光ナビ・みやざきの神話のふるさとなど、自治体・神社公式の案内が手がかりになります。
まとめ
この記事では、イザナギとイザナミについて主なテーマを整理しました。
- イザナギ・イザナミは、神世七代の最後の二柱として、互いに国土と多くの神々を生んだ、日本神話における最初の夫婦神として語られる(古事記: 伊邪那岐神/伊耶那岐神・伊邪那美神/伊耶那美神、日本書紀: 伊弉諾尊・伊弉冉尊)
- 天の沼矛で潮をかきまぜて生まれた淤能碁呂島で天の御柱を巡り、はじめはイザナミから声をかけたためヒルコ・淡島となったが、作法を整え直して、淡路島から大倭豊秋津島(本州)までの大八島国を生んだ
- 家屋・海・川・山・野・風・木・穀物の神々を生んだあと、火の神カグツチを生んだことでイザナミが亡くなり、イザナギは怒りからカグツチを斬った
- イザナギは黄泉国を訪ねるが、約束を破って変わり果てたイザナミの姿を見てしまい、黄泉比良坂で千引の岩を据えて別れる。「一日に千人」「一日に千五百人」の応酬で、生と死の流れと世代の交代が定まった
- 筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(宮崎の禊池・江田神社・福岡の小戸神社/小戸大神宮などが伝承地)での禊から多くの神々が生まれ、後世の神道における祓・清めの観念を考えるうえで重要な神話的場面として読み解かれる
- 左眼からアマテラス(高天原)・右眼からツクヨミ(夜の食国)・鼻からスサノオ(海原)の三貴子が生まれ、ここから日本神話の中心人物が出そろう
- 古事記と日本書紀では、表記・国生み順序・イザナミの死の扱いに微妙な違いがあり、日本書紀は「一書に曰く」で複数の異伝を並べる編集方針の違いが反映されている
イザナギとイザナミの物語をたどると、続くアマテラス・ツクヨミ・スサノオの誕生や、出雲神話へとつながる流れも見えやすくなります。国生み・神生み・黄泉国・禊という一連の場面は、古事記の神話世界を理解するうえで、大きな入口になる物語です。
参考文献
神社・自治体公式資料
- 伊弉諾神宮(兵庫県淡路市)(イザナギ・イザナミ祭祀の代表的な神社の典拠)
- 多賀大社(滋賀県多賀町)(イザナギ・イザナミ祭祀「淡海(近江)の多賀」の典拠)
- しまね観光ナビ「イザナキとイザナミ<黄泉の国訪問>」(島根県公式観光サイトによる黄泉国訪問の解説)
- 神話のふるさとみやざき「みそぎ池」(宮崎県の禊池の伝承の典拠)
古典本文・校注・現代語訳
- 三浦佑之『口語訳 古事記 神代篇』文春文庫(読みやすい現代語訳の一つ)
- 岩波文庫・新潮日本古典集成・新編日本古典文学全集などの『古事記』『日本書紀』校注本(本文読み解きの基本)
大学・研究機関による解説
- 國學院大學「古事記学センター」(古事記本文・神名・梗概の参照)
- 國學院大學「失敗も成功も—イザナキ、イザナミの国生み、神生み」(国生み神話の学術的整理)
- 國學院大學「愛する人との別れで定まった『死の宿命』と『世代交代』」(黄泉国訪問・禊・三貴子誕生の学術的整理)
- 兵庫県立歴史博物館「イザナギとイザナミの国造り」(国生み神話の自治体公式解説)
入門・補助参考
- 戸部民夫『「日本の神様」がよくわかる本』PHP文庫(諸神格の入門書)
