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鶴岡八幡宮とは|源氏ゆかりの鎌倉の守護神と800年の歴史をやさしく解説

ivory washi 背景に、朱塗りの鶴岡八幡宮楼門と段葛の参道の painterly 構図、タイトル「鶴岡八幡宮とは」を上部左寄りに配したアイキャッチ画像

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神奈川県鎌倉市に鎮座する鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)は、源氏ゆかりの神社として、約800年の歴史を伝える鎌倉のランドマークです。1180年に源頼朝が現在地に遷座して以来、鎌倉幕府を象徴する神社として、武家社会から現代に至るまで篤い崇敬を受けてきました。

この記事では、鶴岡八幡宮公式サイトと鎌倉市観光協会(日本遺産)の解説をもとに、由緒・主祭神・境内の見どころ・主な行事・参拝アクセスまでをやさしく整理します。鎌倉観光と参拝を組み合わせて、800年の歴史を肌で感じてみてください。

目次

鶴岡八幡宮とは|源氏ゆかりの鎌倉の守護神

朝の鶴岡八幡宮境内の painterly 風景。中央に大石段の上の本宮(朱塗りの社殿)、手前に大石段、左右に石灯籠と杜を配し、源氏ゆかりの鎌倉の守護神としての格調を表現

鶴岡八幡宮は、神奈川県鎌倉市の中心、若宮大路の北端に鎮座する神社です。1180(治承4)年に源頼朝が現在地に遷座して以降、鎌倉幕府の象徴として整備され、東国社会の守護神として崇敬を集めてきました。

基本情報

  • 所在地: 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
  • 主祭神: 応神天皇・比売神・神功皇后(八幡三神)
  • 創建: 1063(康平6)年(由比郷鶴岡への勧請)、1180(治承4)年(現在地への遷座)
  • 社格: 旧国幣中社(現在は神社本庁の別表神社)
  • 境内参拝: 無料

鎌倉幕府の発展とともに整備が進み、800年以上の歴史を伝える神社として、現在も多くの参拝者が訪れます。神道の世界観や神社の役割については神道の世界観とはもあわせてご参考ください。

由緒と歴史|1063年の勧請から800年の継承

鶴岡八幡宮の歴史を象徴する painterly 静物配置。中央に和紙の巻物、左に源氏の家紋(笹竜胆)の小旗、右に弓矢一対を配し、源氏ゆかりの800年の歴史を表現

鶴岡八幡宮の歴史は、源氏と八幡神の深い関係から始まります。鶴岡八幡宮公式の解説をもとに、主な節目を整理します。

1063年|源頼義による勧請

鶴岡八幡宮の始まりは、1063(康平6)年8月、源頼義(みなもとのよりよし)が京都の石清水八幡宮を鎌倉の由比ヶ浜辺(現在の由比若宮のある一帯)に勧請したことに遡ります。源氏は古くから八幡神を氏神として崇敬しており、この勧請が鶴岡八幡宮の起源とされます。

源義家による修復伝承

その後、源頼義の子・源義家(八幡太郎義家)が修復を加えたと伝えられます。義家は石清水八幡宮で元服したことから「八幡太郎」と呼ばれたと伝わり、八幡神への信仰を深めた武将として知られます。

1180年|源頼朝による遷座と鎌倉幕府の象徴へ

1180(治承4)年、源頼朝が鎌倉に武家政権の拠点を構えると同年、先祖ゆかりの八幡宮を現在の地(雪ノ下)に遷し祀りました。これにより鶴岡八幡宮は鎌倉幕府を象徴する神社として整備され、東国社会の守護神として篤い崇敬を集めるようになります。鎌倉時代を通じて、武家政権の中心的な祭祀の場として発展しました。

その後の歴史

  • 江戸時代までは鶴岡八幡宮寺として神仏習合の形をとっていた
  • 明治時代の神仏分離令により仏教的要素が分離され、現在の神社の形に再編
  • 2010(平成22)年3月、樹齢約1000年とも伝えられた『大銀杏』が強風で倒木(現在は親銀杏と子銀杏として若芽が育っている)
  • 文化庁の日本遺産「いざ、鎌倉」の構成文化財にも位置づけられている

歴史的な背景については、文化庁日本遺産ポータルや鎌倉市観光協会の解説でも詳しく紹介されています。

主祭神|八幡三神(応神天皇・比売神・神功皇后)

八幡三神を祀る神域を象徴する painterly 風景。中央に朱塗りの本宮、注連縄、石灯籠、手前に白いお神札を配し、応神天皇・比売神・神功皇后の三柱を象徴的に表現

鶴岡八幡宮の主祭神は、応神天皇・比売神・神功皇后の三柱で、合わせて八幡三神(はちまんさんしん)と呼ばれます。多くの八幡神社で重視される神々です。

八幡三神の整理
神様位置づけ
応神天皇(おうじんてんのう)第15代天皇とされる。八幡神の中心的な神様で、源氏をはじめ武家の崇敬を集めた
比売神(ひめがみ)八幡神とともに祀られる女神。神格には諸説があり、八幡三神の一柱としてお祀りされる
神功皇后(じんぐうこうごう)応神天皇の母にあたる。記紀には、応神天皇誕生に関わる神功皇后の伝承が記されている

八幡神と源氏の関係

八幡神は古くから武家・武芸の守護神として崇敬され、源氏は氏神として八幡神を篤く信仰してきました。源頼義が石清水八幡宮を鎌倉に勧請した経緯も、この信仰の流れに連なります。八幡信仰は武家の崇敬も受けながら、各地に広がっていきました。

古事記・日本書紀における応神天皇・神功皇后の物語については、古事記と日本書紀の違いでも整理しています。

境内の見どころ|本宮・若宮大路・段葛・舞殿

若宮大路の段葛と桜並木の春の painterly 風景。一段高い参道、両側に桜の木、奥に三の鳥居を配し、鎌倉駅から鶴岡八幡宮へ続く参道の見どころを表現

鶴岡八幡宮の境内は、参道から本宮まで一本の軸で整えられています。主な見どころを参拝の動線に沿って整理します。

若宮大路と段葛(だんかずら)

鎌倉駅から鶴岡八幡宮へと続く若宮大路(わかみやおおじ)は、頼朝が妻・北条政子の安産祈願のために整備したと伝えられる、鎌倉の目抜き通りです。一の鳥居から二の鳥居・三の鳥居へと続き、二の鳥居から三の鳥居までは段葛(だんかずら)と呼ばれる一段高い参道が整えられています。春は桜、初夏はつつじが参道沿いを彩ります。

太鼓橋(たいこばし)

三の鳥居をくぐった先にある太鼓橋は、鶴岡八幡宮のシンボルの一つ。朱塗りの美しい反り橋ですが、現在は通行できないため、橋の左右にある平橋を渡って境内に進みます。

舞殿(まいどの)

境内中央の舞殿は、源義経の側室・静御前(しずかごぜん)が義経を慕い舞を披露したと伝わる『若宮廻廊』の跡地に建つとされる建物です。神社の祭りや行事で舞などが奉納されます。

本宮(上宮)と若宮(下宮)

  • 本宮(上宮): 大石段の上、最も高い場所に鎮座する本殿。八幡三神をお祀りする中心の社殿
  • 若宮(下宮): 大石段の下にある社殿。本宮の御祭神である応神天皇の御子・仁徳天皇をはじめ、履中天皇・仲媛命(なかつひめのみこと)・磐之媛命(いわのひめのみこと)の四柱をお祀りしている
  • 本宮・若宮はともに国の重要文化財に指定されている

大銀杏跡と若芽

大石段の脇にあった大銀杏は、樹齢約1000年とも伝えられた鶴岡八幡宮の象徴的な御神木でしたが、2010年3月の強風により倒木しました。現在は元の根元から若芽が育っており、再生の様子を見ることができます。

神社建築の見方や、本宮・拝殿などの構造については神社建築の見方もあわせてご参考ください。

主な行事|例大祭・流鏑馬・ぼんぼり祭

流鏑馬神事の馬場と的を象徴する painterly 構図。中央に木製の的が三つ並び、手前に砂利の馬場、左奥に杉の木立を配し、800年継承の伝統行事を表現

鶴岡八幡宮では年間を通して数多くの祭事が執り行われます。特に有名な3つの行事を整理します。

例大祭(9月14日〜16日)

例大祭(れいたいさい)は鶴岡八幡宮で最も重要な祭事です。鶴岡八幡宮公式によると、『吾妻鏡』に文治3(1187)年8月15日に放生会(ほうじょうえ)と流鏑馬が始行されたと記され、これが例大祭の始まりとされます。以来800年以上にわたって伝統が受け継がれており、3日間にわたって神事と奉納行事が執り行われます。

流鏑馬神事(やぶさめしんじ)(9月16日)

  • 例大祭の最終日、9月16日に境内の流鏑馬馬場で奉納される神事
  • 鎌倉武士の狩装束に身を包んだ射手が、馬で駆けながら馬場の3つの的を射抜く勇壮な神事
  • 源頼朝の時代から800年の伝統が継承される
  • 弓馬術礼法小笠原流(小笠原教場)の宗家以下一門により奉納される

ぼんぼり祭(8月の立秋前日から3〜4日)

  • 毎年8月、立秋の前日から8月9日まで(年により3〜4日間)行われる鎌倉の夏の風物詩
  • 境内に約400点の書画(鎌倉ゆかりの文化人・著名人が揮毫したもの)を仕立てたぼんぼりが灯される
  • 立秋前日の夏越祭(なごしさい)、立秋当日の立秋祭、源実朝の誕生日(8月9日)の実朝祭が連続して行われる
  • 夕暮れから境内に灯がともる幻想的な雰囲気が人気

神社の祭祀の体系については神社の祭りと神事とはもあわせてご参考ください。日程は変更されることがあるため、参拝予定の方は鶴岡八幡宮公式サイトで最新情報をご確認ください。

参拝とアクセス|鎌倉駅から徒歩10分

鎌倉の街並みと若宮大路の painterly 構図。中央に三の鳥居、手前に石畳の参道、左に小町通り風の町家シルエット、奥に鎌倉の杜と山並みを配し、参拝アクセスの雰囲気を表現

アクセス

  • JR横須賀線・湘南新宿ライン鎌倉駅 東口より徒歩約10分
  • 江ノ島電鉄鎌倉駅 東口より徒歩約10分
  • 鎌倉駅東口を出て、若宮大路を北へ進む(段葛を歩くルートが趣がある)
  • 並行する小町通りはグルメ・お土産の散策路として人気

開門時間と境内参拝

  • 開門・閉門時間: 変更される場合があるため、参拝前に鶴岡八幡宮公式サイトの最新情報をご確認ください(2026年5月時点では通年6:00〜20:00)
  • 境内参拝: 無料
  • 朝の静かな時間帯は人混みを避けて参拝できる
  • 鶴岡八幡宮の関連施設(鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム等)は別途入館料が必要な場合あり

周辺観光と組み合わせて

鶴岡八幡宮の周辺には、鎌倉大仏(高徳院)・長谷寺・建長寺・円覚寺など、徒歩や江ノ電・北鎌倉方面の散策と組み合わせて巡れる名所が多くあります。1日かけて鎌倉の歴史と文化に触れる散策コースを組むのが定番です。参拝の作法は神社参拝の作法完全ガイドもあわせてご参考ください。

鎌倉エリアの宿を探す

遠方から訪れる場合や、鶴岡八幡宮・長谷寺・建長寺・鎌倉大仏を一日かけて巡る場合は、鎌倉エリアの宿を確保しておくと余裕を持って観光・参拝できます。鎌倉駅周辺は観光拠点として便利で、朝の静かな時間に鶴岡八幡宮を参拝する楽しみも広がります。

よくある質問

鶴岡八幡宮の主祭神は誰ですか?

鶴岡八幡宮公式によると、主祭神は「応神天皇(おうじんてんのう)」「比売神(ひめがみ)」「神功皇后(じんぐうこうごう)」の三柱で、合わせて「八幡三神(はちまんさんしん)」と呼ばれます。応神天皇は第15代天皇、神功皇后はその母にあたるとされ、比売神とともに八幡信仰で重視される神々です。

鶴岡八幡宮はいつ建てられましたか?

鶴岡八幡宮の始まりは、1063(康平6)年に源頼義(みなもとのよりよし)が京都の石清水八幡宮を鎌倉の由比ヶ浜辺、現在の由比若宮周辺に勧請したことに遡ります。その後、源頼義の子・源義家が修復を加えたと伝えられ、1180(治承4)年には源頼朝が現在地に遷座しました。鎌倉幕府の発展とともに整備が進み、800年以上の歴史を伝えています。

例大祭・流鏑馬神事はいつ開催されますか?

例大祭(れいたいさい)は毎年9月14日から16日までの3日間、鶴岡八幡宮で最も重要な祭事として執り行われます。流鏑馬神事(やぶさめしんじ)は最終日の9月16日に、境内の流鏑馬馬場で奉納されます。鎌倉武士の狩装束に身を包んだ射手が、馬で駆けながら3つの的を射抜く勇壮な神事で、800年の伝統を受け継いでいます。日程は神社公式サイトでご確認ください。

太鼓橋は渡れますか?

太鼓橋(たいこばし)は鶴岡八幡宮のシンボルの一つですが、現在は通行止めになっています。一般の参拝者は橋の左右にある平橋を渡って参拝します。橋の前で立ち止まって美しい姿を眺めたり、写真撮影を楽しむ方が多くいます。

鶴岡八幡宮の境内参拝に料金はかかりますか?

鶴岡八幡宮の境内参拝は無料です。開門・閉門時間は変更される場合があるため、参拝前に鶴岡八幡宮公式サイトの最新情報をご確認ください(2026年5月時点では通年6:00〜20:00)。鶴岡八幡宮の関連施設(鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム等)は別途入館料が必要な場合があります。

鶴岡八幡宮への最寄り駅は?

鶴岡八幡宮の最寄り駅はJR横須賀線・湘南新宿ライン「鎌倉駅」、または江ノ島電鉄「鎌倉駅」です。どちらの駅からも東口を出て、若宮大路を北へ徒歩約10分で三ノ鳥居に到着します。鎌倉駅から鶴岡八幡宮までの参道沿いには「小町通り」というグルメ・お土産通りもあり、観光と参拝を組み合わせて楽しむ方が多くいます。

参考文献・出典

神社公式

公的・観光資料

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※ 本記事の画像はChatGPT 等の生成AIによる象徴的なイメージ画像です。実際の景観とは異なる場合があります。詳細は免責事項をご覧ください。

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この記事を書いた人

あやとき編集部は、40代の編集メンバーで運営しています。子を持つ親としても、一人の人間としても、暮らしに息づく神社との関わりを大切にしながら、全国の神社文化を丁寧に読み解いていきます。

神道や神社の奥深さを、専門用語に頼らず、どなたにも分かりやすい言葉でお届けします。読者の方と同じ目線で、共に学んでいく姿勢を基本としています。詳しくは運営者情報をご覧ください。

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