神社を訪れたとき、本殿の屋根を見上げてもどの建築様式かわからない、という戸惑いはありませんか。神明造や大社造のような古層の様式に対して、「流造」「春日造」「権現造」は各地の神社で出会う代表的な様式です。とくに流造は全国で非常に多く見られます。
本記事では、3つの建築様式の構造的特徴、3ステップで見分けるフローチャート、代表的な神社までを、神社本庁公式・上賀茂神社公式・春日大社公式・日光東照宮の文化財情報などの一次資料を主な手がかりに整理します。
3つの神社建築様式とは|流造・春日造・権現造の概観

神社建築には、神明造・大社造・流造・春日造・住吉造・権現造などの主要な様式があります。神明造・大社造・住吉造が古代的な形式を色濃く伝える様式として知られる一方、流造・春日造・権現造も、日本の神社本殿を理解するうえで重要な代表的様式です。
- 流造は全国で最も多い神社本殿様式(平安時代には成立していたとされる)
- 春日造は春日大社に代表される朱塗りの華やかな様式(各地の春日神社系社殿などにも見られる)
- 権現造は本殿と拝殿を「石の間」で結ぶ独特の構成(近世初頭に整えられた様式)
- 3様式は「妻入か平入か」「石の間があるか」を手がかりに推測できる
6つの代表的様式のなかでの位置づけ
日本の神社建築は、神明造・大社造・住吉造・流造・春日造・権現造の6つが代表的様式として挙げられることが多くあります。このうち、神明造は伊勢神宮、大社造は出雲大社、住吉造は住吉大社、それぞれに代表的な神社が結びついた古層の様式です。
これに対して、流造は全国的に広く見られる形式、春日造は奈良の春日大社本殿を代表例とし、各地の春日神社系の社殿などにも見られる形式、権現造は本殿と拝殿の一体化という独特の発想で近世以降の神社・霊廟建築に大きな影響を与えた形式です。
この3つを比較する理由
神明造と大社造は古代的な建築形式を色濃く伝える様式とされ、伊勢神宮・出雲大社を代表例とします。一方、流造・春日造・権現造は各地の神社で実際に出会う機会が多い3様式です。これらを横並びで理解しておくと、参拝時に本殿の屋根を見るだけでどの様式かを推測しやすくなります。
見取り図|古い2つの系統から枝分かれした3様式
神社本庁の公式サイトは、本殿の様式をまず入口の位置で大きく2つに分けています。屋根の長い辺の側に入口がある平入の代表が神明造(伊勢神宮)、三角の妻側に入口がある妻入の代表が大社造(出雲大社)です。今回の3様式のうち、流造は神明造から、春日造は大社造から枝分かれした派生のかたちとして整理されています。権現造だけは少し立場が違い、どちらかの系統の派生としてではなく、本殿と拝殿をつないだ複合のかたちとして別枠で紹介されています。
では3つは何が違うのでしょうか。同じ参拝者のための庇(向拝)でも、そのつくり方が3通りに分かれます。流造は屋根の正面をそのまま前へ伸ばして庇にした一体型、春日造は妻入の本体の正面に別の庇を付け足したかたち、権現造は本殿と拝殿を石の間でつないで、いくつもの建物を組み合わせた複合のかたちです。
この見取り図を頭に入れておくと、あとで出てくる比較表の細かい違いも、どの系統から出て庇をどうつくったか、という一本の筋で読み解けます。
ただし、これはあくまで代表例に沿った整理です。全国のすべての本殿がこの2つの系統だけできれいに分かれるわけではなく、地域ごとの特色や、後の世の建て替えで形が変わった例も伝えられています。
流造|全国で最も多い神社本殿様式

流造(ながれづくり)は、京都の上賀茂神社(賀茂別雷神社)・下鴨神社(賀茂御祖神社)の本殿を典型例とする神社建築様式です。平安時代には成立していたとされ、上賀茂神社公式によれば全国の神社の約六割を占めるとされる、もっとも多い本殿形式です。
構造的特徴|切妻・平入・屋根の正面延長
流造の屋根は切妻造で、入口は屋根の長い辺の側にある平入(ひらいり)です。最大の特徴は、正面側の屋根を前方へ長く伸ばして庇(向拝)にする点です。屋根を横から見たときに、正面側だけが長く、背面側が短い非対称な形になります。
屋根には優美な曲線が与えられ、軒先がゆるやかに反り上がります。神明造の直線的な屋根と異なり、流造の曲線は動きのある柔らかな印象を生み出します。
- 平入(屋根の長い辺の側に入口)
- 屋根は前後非対称(正面側が長く伸びる)
- 屋根の正面側に庇(向拝)が一体で組まれる
- 曲線屋根でやわらかい印象
- 多くは一間社(小規模で正面1間、奥行1間)
なぜ全国で最多になったのか
流造が全国に広がった背景には、いくつかの要因が指摘されます。まず、庇を屋根と一体で組む合理的な構造が、参拝者が濡れずに拝礼できる空間を自然に生み出しました。小規模な一間社流造の例も多く、地方の中小規模の神社にも広く見られます。
春日大社や住吉大社のように代表社との結びつきが強く語られる様式に比べ、流造はより広い範囲で採用された形式として説明されます。
代表的な神社|上賀茂神社・下鴨神社
流造の典型として真っ先に挙げられるのが、京都市北部の賀茂別雷神社(上賀茂神社)と京都市左京区の賀茂御祖神社(下鴨神社)です。両社の本殿は流造の代表例として知られ、国宝に指定されています。
このほかにも、平野神社(京都市北区)の比翼春日造との対比、宇治上神社(宇治市・現存最古の神社建築のひとつとされる)の流造本殿など、京都周辺には流造の名建築が点在します。
流造と神明造の違い|どちらも平入でも別物です
流造と神明造は、どちらも屋根の長い辺の側に入口がある平入です。この共通点から「平入だから似たようなもの」と一緒にされがちですが、屋根を見比べると別の様式だとわかります。
神社本庁の説明にあるのは、神明造は切妻造の平入で参拝者のための庇(向拝)を持たず、流造はそこから派生して正面側の屋根だけを前へ長く伸ばして向拝にする、という骨組みの違いです。見た目の印象でいえば、神明造は屋根が直線的で装飾が少なく前後がほぼ左右対称、流造は横から見ると前後で長さの違う非対称な姿になり、屋根にやわらかな曲線も加わります。
見分けるときは二段階で考えると迷いにくくなります。まず入口が平入かどうか。ここまでは神明造も流造も同じです。そのうえで、屋根が直線で対称なら神明造、正面が伸びて曲線なら流造と、屋根の形で分けます。
現存するもっとも古い流造の本殿のひとつには、宇治上神社(京都府宇治市)の本殿が挙げられるとされます。直線的な神明造とは対照的な、流造ならではの曲線屋根の古い姿を今に伝えています。
春日造|春日大社に伝わる朱塗りの華やかな様式

春日造(かすがづくり)は、奈良の春日大社の本殿を典型例とする神社建築様式です。流造と同じく屋根の前方に庇を持ちますが、入口が三角の妻側にある妻入という点で大きく異なります。
構造的特徴|切妻・妻入・庇と大屋根の一体化
春日造の屋根は切妻造で、入口は三角形の妻側にあります。特徴的なのは、妻側の正面に庇(向拝)を付け、それが大屋根と一体になっている点です。屋根全体が前方へ流れるような姿に見えます。
屋根の上には千木と鰹木が置かれ、神明造や大社造の古層の特徴を引き継いでいます。柱は本体(身舎)が円柱、向拝が角柱とされ、構造材の使い分けが見られます。屋根の破風の内側には懸魚(げぎょ)と呼ばれる装飾が施され、装飾性が高い様式といえます。
- 妻入(三角の妻側に入口)
- 妻側の正面に庇(大屋根と一体)
- 朱塗りで華やかな色彩
- 千木・鰹木が屋根上に置かれる
- 身舎柱は円柱、向拝柱は角柱の使い分け
- 多くは一間社(極小規模)
朱塗りと装飾の意味
春日造の社殿は全体が朱塗りで、黒漆に胡粉彩色の雁歯板(がんしいた)、緑青塗りの御簾など、神明造・大社造の素木を尊ぶ姿勢とは対照的に華やかな装飾を特徴とします。朱塗りや装飾は、春日大社の社殿景観を強く印象づける大きな特徴です。
朱色は古くから魔除けを象徴する色として理解されてきました。春日大社の朱塗りは、社殿景観を強く印象づけ、参拝者を惹きつけます。
代表的な神社|春日大社の4棟並列
奈良の春日大社は、全国の春日神社の総本社であり、春日造本殿の代表例としても知られます。本殿は4棟並んで建ち、それぞれが一間社春日造として国宝に指定されています。檜皮葺の屋根に千木を掲げ、正面に庇がついた朱塗りの姿は、春日造の典型として広く知られます。
春日造は各地の春日神社系の社殿などにも見られますが、流造ほど多数派ではないため、参拝先で出会う頻度には地域差があります。春日信仰の広がりとともに各地に春日神社が祀られ、その本殿に春日造が採用された例が伝えられています。
権現造|本殿と拝殿を石の間で結ぶ独特の構成

権現造(ごんげんづくり)は、本殿と拝殿の2棟を一体化し、間に「石の間」と呼ばれる一段低い建物を設けた独特の神社建築様式です。石間造(いしのまづくり)とも呼ばれます。安土桃山時代から江戸初期にかけて成立した、比較的新しい様式です。
構造的特徴|本殿+石の間+拝殿の工字形
権現造の最大の特徴は、平面が工字形(H字形)になる点です。神社建築では、本殿に神が鎮まり、拝殿で参拝者が拝礼するのが一般的ですが、権現造ではこの2棟の間に石の間(または幣殿・相の間)と呼ばれる一段低い接続部を設けます。
- 本殿(奥):神の鎮まる空間
- 石の間(中央):一段低い接続部、石敷の例が知られる
- 拝殿(手前):参拝者が拝礼する空間
- 3棟が連結して工字形の平面を作る
- 本殿と拝殿の屋根が独立しつつ、石の間で結ばれる
起源と完成形|北野天満宮から日光東照宮へ
権現造の古式とされるのが、京都市上京区の北野天満宮です。現在の社殿は慶長12年(1607年)に豊臣秀頼の寄進によって建てられたもので、国宝に指定されています。本殿・石の間・拝殿・楽の間が一体となった構成で、後世の権現造の原形ともなった早い時期の姿を伝えます。
権現造の完成形として知られるのが、栃木県日光市の日光東照宮です。寛永13年(1636年)に徳川家光によって全面的に造り替えられ、本殿・石の間・拝殿が工字形の権現造として整えられました。日光東照宮の権現造は、その後の霊廟建築や神社建築の規範として、各地の東照宮や霊廟に大きな影響を与えたとされます。
石の間の意味|石敷から畳敷へ
「石の間」の名のとおり、権現造では石敷の床を用いる例が伝えられます。北野天満宮では、御殿と拝殿が石畳の廊下である石の間によってつながれており、本殿と拝殿を一体化しつつ空間に段差と区切りを生む構成になっています。
日光東照宮でも、本殿と拝殿を石敷の相の間(石の間)でつなぐ構成が本格的に完成した例とされます。北野天満宮の拝殿13間・石の間7間・本殿5間、日光東照宮の拝殿9間・石の間3間・本殿5間という規模の違いも、両社の性格の違いを伝えています。
よくある誤解|権現造は徳川家だけのものではない
権現造という名前から、徳川将軍家がつくり出した、日光東照宮だけの特別な様式だと覚えている方は少なくありません。ただ、社殿が建てられた年をたどっていくと、この見方は建築の歩みとは合いません。
本殿と拝殿を石の間でつなぐこの構造は、日光東照宮が全面的に建て替えられた寛永13年(1636年)より前に、すでにいくつかの社殿で形になっていました。京都市上京区の北野天満宮は慶長12年(1607年)に豊臣秀頼の寄進で建てられたとされ、同じ慶長12年には、仙台市青葉区の大崎八幡宮が伊達政宗によって建てられています。大崎八幡宮の公式サイトは、この社殿を石の間造の遺構として国宝に指定されていると説明しています。石の間の構造は徳川家より前からあったことになります。
では、なぜ「権現造」と呼ばれるのでしょうか。この呼び名は、徳川家康を東照大権現としてまつったことに由来するとされます。静岡市の久能山東照宮の公式サイトは、この様式は以前からあったものの、家康を東照大権現としてまつる久能山東照宮の創建によって権現造と呼ばれるようになった、と説明しています。構造が先にあり、呼び名だけが後から広まったという順序です。
どの社殿が権現造の始まりなのかは、どこを起点に見るかで答えが変わります。北野天満宮は公式サイトで自社の本殿を後の権現造の原形と説明し、大崎八幡宮の社殿は現存する最古の権現造の遺構とされ、呼び名のもとは久能山東照宮の創建にあると説明されています。原形、現存最古、名前の由来がそれぞれ別の神社にあるため、一つの発祥地には決められません。ただ、徳川家だけが生み出した様式ではない、という点は、複数の社殿が建てられた年から見て取れます。
3つの違いと見分け方|比較表とフローチャート

3つの様式の違いを一望できるように、主要な項目を比較表でまとめました。
| 項目 | 流造 | 春日造 | 権現造 |
|---|---|---|---|
| 代表社 | 上賀茂神社・下鴨神社 | 春日大社 | 北野天満宮・日光東照宮 |
| 入口 | 平入(長辺側) | 妻入(妻側) | 拝殿正面から |
| 屋根 | 切妻・前後非対称 | 切妻・妻側に庇 | 本殿と拝殿が独立 |
| 平面 | 長方形 | 正方形に近い | 工字形(H字形) |
| 色彩 | 素木が多い | 朱塗り | 漆塗装飾 |
| 分布 | 全国(最多) | 春日大社を代表例に各地 | 東照宮・霊廟建築に広く影響 |
| 成立時期 | 平安時代 | 古代末〜平安期に形式化 | 近世初頭に整えられた |
現地で使える3ステップフローチャート
神社の本殿を観察できる場合は、以下の3ステップで様式を推測しやすくなります。
- Step 1:本殿と拝殿の間に「石の間」のような接続部があるか?
→ Yes:権現造(工字形を確認)
→ No:Step 2 へ - Step 2:屋根の入口は妻側(三角)か、長辺側か?
→ 妻側:春日造(朱塗りが多い)
→ 長辺側:Step 3 へ - Step 3:屋根の正面側が前方に長く伸びて庇になっているか?
→ Yes:流造(屋根は前後非対称)
権現造は本殿と拝殿を石の間・相の間でつなぐ構成が大きな特徴のため、最初に確認すると見分けやすくなります。残る2様式は入口の向き(妻入か平入か)が手がかりになります。
こうした見分けの知識は、答えを当てられるようになることが目的ではないと私は考えています。屋根の形を覚えて何がいちばん変わるかというと、今まで通り過ぎていた本殿の前で、思わず足を止めるようになることです。この神社はなぜこの形を選んだのだろう、と立ち止まって考える時間そのものが、参拝のひそかな楽しみになる気がします。見分けられるかどうかより、気になって思わず見上げてしまう。そんな時間が増えたら、参拝はもっと豊かになるはずです。
代表的な神社で見比べる

3様式それぞれの代表的な神社を訪ねて見比べると、構造の違いが立体的に理解できます。
流造|上賀茂神社・下鴨神社(京都府京都市)
上賀茂神社(賀茂別雷神社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)は、京都の世界遺産「古都京都の文化財」を構成する古社で、両社の本殿は流造の典型例として国宝に指定されています。屋根の正面側が前方へ伸びて庇となる構造を、最も古典的な姿で見ることができます。
春日造|春日大社(奈良県奈良市)
奈良の春日大社は全国の春日神社の総本社であり、春日造本殿の代表例としても知られます。本殿4棟が並列して建ち、朱塗りの華やかな姿が一望できます。藤の名所としても知られ、朱塗りの社殿と藤の景観は、春日大社らしい華やかな印象を生み出します。
権現造|北野天満宮(京都府京都市)・日光東照宮(栃木県日光市)
北野天満宮は権現造の古式を伝える社殿で、本殿・石の間・拝殿・楽の間が連結した姿が国宝に指定されています。一方、日光東照宮は権現造の完成形として知られ、徳川家康を祀る霊廟建築の代表例です。両社を比較すると、安土桃山〜江戸初期にかけての権現造の発展がよくわかります。
- 流造:上賀茂神社・下鴨神社(京都)/宇治上神社(宇治市)
- 春日造:春日大社(奈良)/円成寺 春日堂・白山堂(奈良)など
- 権現造:北野天満宮(京都・古式)/日光東照宮(栃木・完成形)
もっと深く学びたい人へ|神社建築入門書

3様式の構造や、他の建築様式との関わりをさらに掘り下げたい方には、神社建築の入門書を1冊手元に置くのがおすすめです。図解や写真が豊富な書籍を選べば、参拝のときに見える景色がぐっと深まります。
『神社建築のスゴイひみつ図鑑』(スタジオワーク/ワニ・プラス)
神明造・大社造・流造・春日造・住吉造・権現造などの代表的様式を、子どもから大人まで読める図解で解説した一冊。3様式の屋根の流れ方の違いまで丁寧にイラスト化されており、本記事の理解を立体的に補完できます。
『建築知識 2025年1月号「神社建築大全」』(エクスナレッジ)
神社建築の起源・歴史的変遷・部位ごとの意匠を徹底的に図解した特集号。流造の地方への伝播や、権現造の系譜まで踏み込んで学びたい方に向きます。
これらの書籍は、Amazon・楽天ブックスなどの主要書店で入手できます。最寄りの書店でも取り寄せ可能なので、気になる方は手にとってみてください。
よくある質問
- 流造と春日造の最大の違いは何ですか?
もっとも分かりやすい違いは入口の位置です。屋根の長い辺の側に入口があれば流造(平入)、三角の妻側に入口があれば春日造(妻入)です。屋根の形も、流造は正面側が長く伸びて非対称な切妻、春日造は妻側に庇が付いて大屋根と一体になります。色彩面では、流造は素木が多く、春日造は朱塗りが特徴です。
- なぜ流造が全国で最も多いのですか?
上賀茂神社公式によれば、流造は全国の神社の約六割を占めるとされる、もっとも多い本殿形式です。屋根を前方に伸ばして庇を一体で組む合理的な構造は、参拝者が濡れずに拝礼できる空間を自然に生み出します。小規模な一間社流造の例も多く、地方の中小規模の神社にも広く見られます。春日大社や住吉大社のように代表社との結びつきが強く語られる様式に比べ、流造はより広い範囲で採用された形式として説明されます。
- 権現造の「石の間」は何のためにあるのですか?
石の間は、本殿(神が鎮まる空間)と拝殿(参拝者が拝礼する空間)を結ぶ一段低い接続部で、両者を一体化しつつ空間に段差と区切りを生む構成です。北野天満宮では御殿と拝殿が石畳の廊下である石の間でつながれており、日光東照宮でも石敷の相の間(石の間)で本殿と拝殿をつなぐ構成が本格的に完成した例とされます。
- 春日造はなぜ朱塗りなのですか?
春日造の朱塗りは、神明造や大社造が素木を尊ぶのとは対照的に、華やかな装飾を特徴とします。朱色は古くから魔除けを象徴する色として理解され、社殿の保護と聖域を表す色として用いられてきました。春日大社の朱塗りは、社殿景観を強く印象づける大きな特徴のひとつです。
- 権現造はなぜ「権現」と呼ばれるのですか?
「権現」は仏が日本の神として姿を現したものという本地垂迹(ほんじすいじゃく)の考え方に由来する呼び方で、近世以前に広く用いられた神仏習合の思想を反映しています。徳川家康は死後「東照大権現」として神格化され、日光東照宮にお祀りされました。この東照宮の社殿様式が広く模倣されたことから、本殿と拝殿を石の間で結ぶ建築様式を「権現造」と呼ぶようになったとされます。
- 流造を見られる神社で、京都以外におすすめはありますか?
流造は全国で最も多い神社本殿様式のため、京都以外でも各地で出会うことができます。宇治上神社(京都府宇治市)は現存最古の神社建築のひとつとされ、流造の古式を伝える貴重な例です。地方の中小規模の神社の多くも流造を採用しているため、参拝のときに本殿の屋根を観察すると、平入と非対称の屋根を見つけられることが多いと思います。
- 権現造と霊廟建築はどう関係していますか?
権現造は、徳川家康を祀る日光東照宮で完成形に達したことから、その後の霊廟建築や神社建築の規範として大きな影響を与えました。各地の東照宮や、徳川将軍家の霊廟(増上寺・寛永寺など)に権現造の構成が採用され、近世の代表的な建築様式として定着しました。本殿・石の間・拝殿の工字形は、神を祀る空間と参拝の空間を一体化する建築思想として、近世以降の神社建築に広く受け継がれています。
- 権現造は徳川将軍家だけの建築様式ですか?
いいえ、徳川家だけが生み出した様式ではありません。本殿と拝殿を石の間でつなぐこの構造は、日光東照宮が全面的に建て替えられた寛永13年(1636年)より前に、すでに北野天満宮(慶長12年・1607年、京都市上京区)や大崎八幡宮(慶長12年・1607年、仙台市青葉区)で形になっていました。「権現造」という呼び名は、徳川家康を東照大権現としてまつったことに由来するとされ、久能山東照宮の公式サイトも、この様式は以前からあったものが東照宮の創建を機に権現造と呼ばれるようになった、と説明しています。構造が先にあり、呼び名だけが後から広まったという順序です。
- 流造と神明造はどちらも平入ですが、どう見分けますか?
入口が平入である点は共通しますが、屋根の形で見分けられます。神社本庁の説明では、神明造は向拝(参拝者のための庇)を持たず、流造は正面側の屋根だけを前へ長く伸ばして向拝にする様式とされています。見た目でいえば、神明造は屋根が直線的で前後がほぼ左右対称、流造は前後で長さの違う非対称な姿で、屋根にやわらかな曲線も加わります。見分けるときは、まず平入かどうかを確認し、そのうえで屋根が直線で対称なら神明造、正面が伸びて曲線なら流造、と二段階で考えると迷いにくくなります。実際の社殿には地域差や改修による変化もあるので、迷ったら境内の由緒書きも手がかりにしてください。
まとめ|3つの様式を覚えれば、神社の景色が広がる
流造・春日造・権現造の3つは、いずれも各地の神社で実際に出会う機会が多い建築様式です。流造は全国に広がった平入の様式、春日造は春日大社を代表例とする朱塗りの妻入様式、権現造は本殿と拝殿を石の間で結ぶ独特の構成。この3つを押さえると、神社本殿を見るときの基本的な観察ポイントがつかみやすくなります。
次の参拝のとき、ぜひ本殿の屋根と入口の位置を観察してみてください。屋根の長辺側に入口があれば流造、妻側にあれば春日造、本殿と拝殿の間に石の間があれば権現造です。神明造や大社造の古層様式と合わせて理解しておくと、神社建築の多様性がより立体的に見えてきます。鳥居のくぐり方もあわせて確認しておくと、参拝の所作と建築の知識が結びつき、より深い参拝体験につながります。

参考文献
神社公式・一次資料
- 神社本庁「社殿について」
- 賀茂別雷神社(上賀茂神社)「国宝 本殿・権殿」
- 春日大社「春日大社について」
- 文化庁 国指定文化財等データベース「春日大社本殿」
- 日光東照宮(栃木県・とちぎの文化財「東照宮本殿、石の間及び拝殿」)
- 日光東照宮「本殿・石の間・拝殿」(公式)
- 久能山東照宮「御社殿」(静岡県静岡市)
- 北野天満宮「御本殿」/「アクセス(所在地確認)」
- 北野天満宮(文化遺産オンライン「本殿、石の間、拝殿及び楽の間」)
- 大崎八幡宮「御由緒」/「交通アクセス(所在地確認)」
- 宮城県「大崎八幡宮」
- 文化庁 日本遺産ポータルサイト「大崎八幡宮(現存最古の権現造)」
補助参考

