MENU

大社造とは|出雲大社の建築様式と古代の巨大本殿の謎

ivory washi 背景に painterly な古代出雲大社巨大本殿(中世16丈復元想定)の俯瞰構図、曲線切妻屋根・千木鰹木・3本組巨大柱の床下・長い登廊、タイトル「大社造の謎」を左上に横一行で配したアイキャッチ画像

出雲大社の本殿を見上げたとき、ひときわ目を引く緩やかに反り上がった屋根三角の妻側に開いた入口(妻入)。これが、日本最古級の神社建築様式のひとつ「大社造(たいしゃづくり)」です。伊勢神宮の神明造や、海上社殿で知られる厳島神社とは異なる建築的個性を持ちます。

本記事では、大社造の5つの構造特徴現地で見分ける4つのチェックポイント古代に伝えられる巨大本殿の謎神明造との違い全国で会える大社造の神社までを、出雲大社公式・神社本庁公式・國學院大學の研究者解説などを主な手がかりに整理します。

目次

大社造とは|古代住居の面影を伝える神社建築様式

ivory washi 背景に painterly な弥生時代の高床住居(左・3×3柱配置)と大社造本殿(右・曲線屋根・妻入)の並列構図、中央に関連を示す painterly な点線、下に高床住居・大社造の墨書きラベル、起源との関連を象徴

大社造は、出雲大社に代表される日本古来の神社建築様式です。神明造などとともに、古い神社建築様式の代表例とされてきました。

大社造は、古代住居の形式との関連が指摘される古い神社建築様式です。弥生時代の住居遺構との類似が指摘されることがあり、「田の字」状の9柱配置や妻入の形式に古代的な空間構成がうかがえます。穀物をしまう倉庫から発展したと伝えられる神明造とは、説明される系譜が異なります。

この記事のポイント
  • 大社造は古代住居との関連が指摘される、日本最古級の神社建築様式
  • 妻入・曲線屋根・田の字9柱・心御柱・宇豆柱の5要素で見分けられる
  • 中世以前には16丈・32丈とも語られる巨大本殿の伝承が残る
  • 神魂神社(島根)は現存する大社造の最古遺構として国宝に指定

古代の高床住居を思わせる柱配置

弥生時代の集落跡からは、柱を 3×3 の格子状に配した高床住居の遺構が見つかっており、中央に太い心柱を据えてその周囲を8本の柱が囲む構成は、大社造の田の字配置との類似が指摘されることがあります。古代住居や宮殿的な構成との関連が、大社造の建築的な性格として語られてきました。

祭祀の場として用いられた古代の宮殿が、神を祀る本殿の系譜に連なっていったとする説明もあります。大社造の正方形に近い間取りは、そのような古代的な空間構成を想起させる姿です。

「大社」という呼び名の意味

「大社(おおやしろ)」は、文字通り大きな社を意味する呼称として用いられてきました。出雲の神は古くは「杵築大社(きづきのおおやしろ)」「大社」などとも呼ばれ、近代以降に現在の「出雲大社」の呼称が一般化しています。現在では、出雲大社に代表されるこの社殿形式を「大社造」と呼びます。

大社造の5つの特徴|妻入・曲線屋根・田の字9柱・心御柱・宇豆柱

ivory washi 背景に painterly な大社造本殿の建築図解、妻入・曲線屋根・田の字9柱・心御柱・宇豆柱の5要素を指示線とラベルで明示、大社造の構造的特徴を視覚化

大社造を支える基本要素は次の5つです。出雲大社の本殿を例にして見ていくと、それぞれの役割が見えてきます。

妻入(つまいり)の入口

屋根の三角形の妻側に入口を設ける形式。神明造の平入と対をなす大社造の象徴。

曲線を描く切妻屋根

神明造の直線的な屋根とは異なり、優美な反り(曲線)が与えられた切妻屋根。

田の字に配された9本の柱

本殿内部に3×3の田の字状で立ち並ぶ9本の柱。古代住居の柱遺構ともよく重なる。

中央に立つ心御柱(しんのみはしら)

本殿の中央に立つ太い柱で、大黒柱とも呼ばれる。構造上も象徴上も本殿の中心軸。

妻側を支える宇豆柱(うずばしら)

本殿の妻側中央のやや外側に飛び出して立ち、棟まで届く太い柱。巨大な屋根を妻側から補強する。

屋根は切妻造で妻入・優美な曲線

大社造の屋根は、二方向に下りる切妻造(きりづまづくり)です。ただし、神明造のようなまっすぐな直線ではなく、優美な反り(曲線)が与えられています。入口は屋根の三角形の妻側に設けられ、これを「妻入」と呼びます。

屋根材は檜皮葺(ひわだぶき)で、素木の柱とあいまって、簡素ながらも気品ある外観を生み出します。曲線の屋根と妻入の入口は、大社造を一目で見分ける最大の手がかりです。

田の字に配置された9本の柱

大社造の本殿は二間四方(縦横ともに約2間ずつ)の正方形に近い間取りで、内部は9本の柱が3×3の田の字状に立ち並びます。この9柱配置は、古代住居の柱遺構ともよく重なります。

9柱の構成
  • 中央の1本:心御柱(しんのみはしら)
  • 四隅の4本:建物を支える隅柱
  • 各辺中央の4本:壁面を支える側柱(妻側中央には宇豆柱)
  • 9本がほぼ等間隔に並び、本殿内部を4つの空間に区切る

中央に立つ心御柱(しんのみはしら)

心御柱は、本殿の中央に立つ太い柱で、大黒柱とも呼ばれます。出雲大社の御本殿の心御柱は直径1メートルを超えると伝えられ、本殿の中心に据えられます。神座(神の鎮まる場所)は、心御柱の右側にある板壁の奥に設けられ、参拝者の正面ではなく、心御柱を挟んだ奥に西向きで位置します。

心御柱は、構造上も象徴上も本殿の中心軸として大切にされてきました。伊勢神宮のように20年ごとに社殿を造り替える式年遷宮とは異なり、出雲大社では造営遷宮・修造遷宮を重ねるかたちで社殿が受け継がれてきました。

妻側を支える宇豆柱(うずばしら)

宇豆柱は、本殿の妻側中央のやや外側に飛び出して立ち、棟まで届く太い柱です。心御柱だけでは支えきれない巨大な屋根を、妻側から補強する役割を果たすと伝えられます。

宇豆柱が妻側中央のやや外側に立つため戸口を中央に作れず、入口は妻側「東の間」に設けられます。参拝者は柱を避けるようにして本殿の右側から内部に入る導線になり、神明造の整然とした左右対称とは異なる、大社造ならではの動きある構成になります。

入口は向かって右にオフセット

妻側の中央には宇豆柱が立つため、大社造の入口は正面から見て右側(東の間)にずれた位置に設けられます。本殿に入った参拝者は、心御柱の周りを巡るようにして奥の神座へと向かう動線になります。

この右側オフセットの入口は、大社造を見分ける有力な手がかりになります。

大社造を現地で見分ける4チェックポイント

ivory washi 背景に painterly な 2×2 グリッドの4チェック構図、①妻入 ②屋根の曲線 ③正方形9柱 ④入口の右側オフセット、大社造の現地見分け方を象徴

神社を訪れたとき、その社殿が大社造かどうかを判断するための4つのチェックポイントに絞って整理します。順に見ていけば、ほとんどの大社造を判別できます。

STEP
屋根の入口の向き

三角形の妻側に入口があれば妻入。大社造は妻入。

STEP
屋根の曲線

緩やかな反りがあれば大社造系統。神明造は直線。

STEP
平面の正方形性

奥行きと幅がほぼ等しい正方形なら大社造の田の字配置。

STEP
入口の右側オフセット

妻側中央に宇豆柱が立ち、入口が右にずれていれば大社造。

①屋根の入口の向き(妻入を確認)

まず、社殿の正面に立って屋根のかたちを見ます。三角形の妻側に入口があれば「妻入」、長辺の側に入口があれば「平入」です。大社造はいずれも妻入で、神明造の平入とは入口の位置から明確に異なります。

②屋根の曲線

屋根のラインを横から見ます。緩やかな反り(曲線)が入っていれば大社造の系統です。神明造の屋根はまっすぐな直線で構成されますが、大社造は屋根の頂きから軒へと、優美なカーブが描かれます。

③平面の正方形性

本殿の奥行きと幅がほぼ等しい正方形に近い平面なら、大社造の特徴です。神明造は横長の長方形ですが、大社造は田の字状のため、ほぼ正方形にまとまります。

④入口の右側オフセット

妻側の入口が正面から見て右側にずれている(東の間)のは、大社造の構成です。中央には宇豆柱が立つため、入口は柱を避けて右側に設けられます。「入口の位置がずれている」という違和感を感じたら、大社造の系統を見分ける有力な手がかりになります。

入口の右寄せは、ほかの大社造でも確かめられる

この「入口が右にずれる」という並びは、出雲大社だけのものではありません。出雲市佐田町の須佐神社の本殿も、公式の説明によれば向かって右の一間に階(きざはし)と入口があり、中央と右寄りの柱のあいだを壁で閉じて、その奥を神座とする組み立てになっています。どちらも同じ大社造だからこそ、別々の神社で同じ配置が確かめられます。見分けの手がかりとして覚えておきたいところです。

ただし、大きさはずいぶん違います。出雲大社の本殿が8丈(約24メートル)なのに対し、須佐神社の本殿は方2間(約4メートル四方)で、高さは約12メートルほどとされます。配置のきまりは共通でも、規模は社ごとに大きく変わるのが大社造のおもしろいところです。全国どの大社造も右にずれる、と言い切れるわけではありませんが、出雲の代表的な古社ではそろって確かめられます。

大社造でおもしろいと私が思うのは、受け継がれてきたのが「大きさ」ではなく「かたちの決まり」のほうだという点です。妻側から入る、柱を田の字に立てる、入口が右にずれる。この決まりさえ守れば、出雲大社のように高い社殿でも、須佐神社のように小さな社殿でも、同じ大社造として成り立ちます。私は、決まりだけをそろえて中身は自由にしておく造り方だからこそ、これほど長いあいだ受け継がれてきたのではないかと考えています。

古代の巨大本殿の謎|16丈・32丈の伝承と巨大柱発見

ivory washi 背景に painterly な中世16丈巨大本殿(左)と現代24m本殿(右)の対比構図、下に2000年発見の3本組巨大柱遺構、古代巨大本殿の謎を象徴

大社造を語るうえで欠かせないのが、出雲大社の古代本殿にまつわる伝承です。現在の本殿は1744年(延享元年)の造営で、高さ約24メートル(8丈)。それでも木造神社建築としては最大級ですが、中世以前にはさらに高大な本殿があったとする伝承が残されています。

いま建つ本殿と、伝えられる巨大本殿は別のもの

ここで一つ、混同されやすい点を先に整理しておきます。「出雲大社の本殿は、太古からそのまま続く高さ48メートルの巨大な社殿だ」と受け取られることがありますが、いま目の前に建つ国宝の本殿と、伝えられる巨大本殿は別の建物です。現存する本殿は1744年(延享元年)に造り替えられたもので、出雲大社公式サイトでも高さは8丈(約24メートル)と記されています。

一方、16丈(約48メートル)や32丈(約96メートル)と語られるのは、すでに失われた古い時代の本殿についての伝えで、今の建物の高さそのものではありません。24メートルという高さは木造の神社建築として国内有数の規模ですから、それだけでも十分に大きな社殿です。伝えられる巨大さと、現存する姿を分けて見ると、古代本殿の話がぐっと分かりやすくなります。

「金輪御造営差図」が伝える巨大本殿

出雲大社の宮司である千家家には、古い時代の本殿の平面設計図とされる「金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)」が伝えられてきました。差図には、3本の巨木を束ねた柱が描かれており、後述する2000年の発見柱との類似が注目されました。中世以前には16丈(約48メートル)、さらに古伝では32丈(約96メートル)とも語られますが、実際の高さは確定していません。

16丈は現代のビルでいえば10階建て、32丈なら20階建てに相当します。古代の木造技術でそこまでの建築が可能だったかは長く議論されてきましたが、『口遊(くちずさみ)』などの平安期の文献や、千家家に伝わる金輪御造営差図が、巨大本殿伝承を考える手がかりとされてきました。

2000年の3本組巨大柱発見

2000年(平成12年)春、出雲大社の境内から、直径約1.35メートルの杉の巨木3本を1つに束ねた柱の遺構が発見されました。これは「金輪御造営差図」に描かれた3本組柱の形式と類似しており、少なくとも中世まで巨大な本殿が存在した可能性を示す重要な物的手がかりとして注目されました。なお、出土した柱は鎌倉時代のものと推定されており、古代に96メートル級の本殿が実在したことの確証とまでは言えないとされます。

発見されたのは地下に残った柱根部分であり、地上部分や柱全長は確認できないとされます。学者の間でも復元高は16丈(48メートル)説8丈(24メートル)説が並び、確定には至っていません。建設会社の大林組が制作した復元模型は、48メートル説に基づく中世本殿の姿を伝えています。

16丈と32丈、裏づけの重みは同じではない

同じ巨大本殿の伝えでも、16丈(約48メートル)と32丈(約96メートル)とでは、手がかりの残り方が違います。16丈の時代については、性質の異なる三つの資料がゆるやかに重なります。

16丈の時代を指す三つの手がかり
  • 平安時代の文献『口遊(くちずさみ)』。建物の大きさ番付「雲太・和二・京三」で、出雲の社を東大寺の大仏殿より上に置いています
  • 宮司家に伝わる設計図「金輪御造営差図」。3本の木を束ねて1本の柱にする造りが描かれています
  • 2000年に出土した3本組の柱。直径約1.35メートルの杉を束ねた柱で、差図に描かれた柱とかたちが重なります

時代も種類も異なるこの三つが同じ方向を指していることが、伝えられる巨大本殿を考えるときの手がかりとされてきました。これに対して32丈(約96メートル)のほうは、こうした物の裏づけが今のところ見当たりません。出雲大社公式サイトも二つの高さをどちらも「伝え」として記しており、どちらが正しいと決められる段階ではありません。それでも、資料の重なり方に差があることを知っておくと、伝承の受け止め方が変わってきます。

倒壊と再建を繰り返した平安・鎌倉時代の本殿

古い時代の出雲大社本殿は、高大な造りであったためか、文献には社殿顛倒(てんとう)の記録がしばしば見られます。平安時代から鎌倉時代にかけて、倒壊と再建を繰り返したことが記録されており、江戸時代には現在の高さ約24メートルに落ち着いたとされます。

現在の本殿は、1744年に造営されたあと、2008年から2013年にかけての「平成の大遷宮」で大規模な修造を受けています。檜皮葺の屋根の葺き替えや本殿外装の修復が行われ、古代以来の大社造の姿が次の世代へと受け継がれてきました。

大社造と神明造の違い|2つの古い建築様式を見比べる

ivory washi 背景に painterly な大社造(左・妻入・曲線・正方形)と神明造(右・平入・直線・長方形)の対比構図、神社建築の代表的2様式の違いを象徴

大社造としばしば対比されるのが、伊勢神宮に代表される神明造です。どちらも切妻屋根の素朴な造りですが、起源も構造もずいぶん異なります。

項目大社造神明造
代表的な神社出雲大社伊勢神宮
起源の説明古代住居との関連高床倉庫との関連
入口の位置妻入(三角の妻側)平入(長い辺の側)
屋根緩やかな曲線直線的
平面の形正方形(9本の柱が田の字配置)長方形
板壁の方向垂直水平

大社造は「人が住む家」との関連、神明造は「穀物をしまう倉庫」との関連が指摘されることが多い、と説明されます。両者を見比べると、入口の位置や平面形状に、由来の説明と対応する違いが見えてきます。

屋根の見比べポイント
  • 大社造はゆるやかな曲線で、優美さを感じさせる
  • 神明造はまっすぐな直線で、簡素な印象を与える
  • 入口は大社造=三角の妻側、神明造=長辺側
  • 柱の配置で大社造は田の字の正方形、神明造は長方形

全国で出会える大社造の神社

ivory washi 背景に painterly な島根県東半部(旧出雲国)の地図と4社の分布、出雲大社・神魂神社・美保神社・須佐神社を muted vermillion のドットで示す、大社造の島根集中分布を象徴

大社造の社殿は、島根県、とくに旧出雲国周辺を中心に分布します。出雲大社以外にも、古い様式を伝える神社が点在しており、いずれも建築様式の違いを見比べやすい古社です。

出雲大社(島根県出雲市)|大社造の代表社

出雲大社は、大社造の代名詞ともいえる古社です。御祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)で、現在の本殿は1744年に造営され、高さ約24メートル。1952年(昭和27年)に国宝に指定されています。境内には3本組柱の遺構を示す表示も設けられ、古代本殿伝承を現地で具体的に感じられます。

神魂神社(島根県松江市)|現存する大社造の最古遺構・国宝

神魂神社(かもすじんじゃ)は、島根県松江市大庭町に鎮まる古社で、現存する大社造の最古遺構とされます。現在の本殿は天正11年(1583年)の再建とされ、1952年(昭和27年)に国宝に指定されました。出雲大社よりも素朴で古拙な姿を残しており、大社造の原型を間近で感じられる貴重な社です。

美保神社(島根県松江市美保関町)|大社造2棟並ぶ美保造

美保神社は、島根県松江市美保関町に鎮まる神社で、「比翼大社造(ひよくたいしゃづくり、別名・美保造)」と呼ばれる独特の様式を持ちます。これは大社造の本殿を2棟並列に建てた構成です。現在の本殿は1813年(文化10年)の再建で、国の重要文化財に指定されています。御祭神は事代主神(ことしろぬしのかみ)で、えびす様の総本宮として知られます。

須佐神社(島根県出雲市佐田町)|典型的な大社造

須佐神社は、島根県出雲市佐田町に鎮まる神社で、御祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)。本殿は大社造の形式を伝える社殿で、檜皮葺の屋根と素木の柱が古社らしい趣を残しています。

佐太神社(島根県松江市)|3棟が横に並ぶ大社造

佐太神社(さだじんじゃ)は、島根県松江市鹿島町佐陀宮内に鎮まる古社です。中央の正中殿(せいちゅうでん)を挟んで南殿・北殿の三つの社殿が横に並ぶ、ほかにあまり例を見ない配置で知られます。文化遺産オンライン(文化庁)の解説では、正中殿は1807年(文化年間)の建立で、出雲大社本殿に次ぐ規模の大社造の遺構と説明されています。南殿と北殿は平面が左右そっくり反対に造られているとも記されています。三つの殿が並ぶ姿は、大社造を横に広げた応用のかたちと見ることもできます。

こうして並べてみると、大社造の主だった社殿は島根県の東部(旧出雲国)に色濃く集まっていることが分かります。ただし、「大社」という名前や地名だけで様式を決めつけないほうが確かです。たとえば出雲市大社町の日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)の本殿は、文化庁のデータベースでは大社造ではなく入母屋造(いりもやづくり)として記録されています。名前や場所ではなく、屋根と入口のかたちで確かめるほうが、間違いをぐっと減らせます。

この記事で私がいちばん共感するのは、神社の様式を名前や場所で決めつけない、という見方です。大社町にある日御碕神社が大社造ではなく入母屋造だ、という例はその通りで、名前や地名は思っているほど当てになりません。私は、ふだんから評判や呼び名で決めず、自分の目で実物を確かめてから判断したいほうなので、屋根と入口のかたちで一つずつ確かめていくこのやり方に、いちばん納得します。

参拝で味わう大社造
  • 出雲大社:大社造の最大規模、古代巨大本殿の遺構復元も体感できる
  • 神魂神社:現存する大社造の最古遺構、古拙な姿を間近で味わえる国宝
  • 美保神社:比翼大社造(美保造)、えびす様の総本宮
  • 須佐神社:典型的な大社造、須佐之男命を祀る古社

もっと深く学びたい人へ|神社建築入門書

ivory washi 背景に painterly な神社建築の専門書2冊と木製三角定規・万年筆・付箋、背景に大社造本殿のシルエット、神社建築入門の学習を象徴

大社造の構造や、他の建築様式との関わりをさらに掘り下げたい方には、神社建築の入門書を1冊手元に置くのがおすすめです。図解や写真が豊富な書籍を選べば、参拝のときに見える景色がぐっと深まります。

おすすめの神社建築入門書

『神社建築のスゴイひみつ図鑑』(スタジオワーク/ワニ・プラス)

神明造・大社造・流造などの代表的様式を、子どもから大人まで読める図解で解説した一冊。大社造の章では、田の字9柱・心御柱・宇豆柱の関係まで丁寧にイラスト化されており、本記事の理解を立体的に補完できます。

『建築知識 2025年1月号「神社建築大全」』(エクスナレッジ)

神社建築の起源・歴史的変遷・部位ごとの意匠を徹底的に図解した特集号。大社造の歴史的位置づけや、古代の巨大本殿の復元議論まで踏み込んで学びたい方に向きます。

これらの書籍は、Amazon・楽天ブックスなどの主要書店で入手できます。最寄りの書店でも取り寄せ可能なので、気になる方は手にとってみてください。

よくある質問

大社造と神明造の見分け方は?

もっとも分かりやすい違いは入口の位置です。三角の妻側に入口があれば大社造(妻入)、屋根の長い辺の側に入口があれば神明造(平入)です。屋根の形も、大社造はゆるやかな曲線、神明造はまっすぐな直線という違いがあります。さらに、大社造は正方形、神明造は長方形という平面形状の違いもあります。

出雲大社の古代本殿は本当に16丈や32丈の高さがあったのですか?

古代の高さについては諸説あり、確定的には判明していません。出雲大社の宮司家に伝わる「金輪御造営差図」には3本の巨木を束ねた柱が描かれ、平安時代の文献『口遊(くちずさみ)』にも背の高い建物として記されています。2000年(平成12年)春に発見された3本組巨大柱の遺構(直径約1.35メートル)は、差図に描かれた柱形式との類似が注目されました。なお、出土した柱は鎌倉時代のものと推定されており、中世まで巨大な本殿が存在した可能性を示す手がかりとされます。学者の間では16丈(約48メートル)説8丈(約24メートル)説が並んでおり、現時点では一意に決まっていません。

心御柱と宇豆柱はどう違うのですか?

心御柱は本殿の中央に立つ太い柱で、本殿の中心に立つ象徴的・構造的な柱として大切にされてきました。出雲大社の御本殿では直径1メートルを超えると伝えられ、「大黒柱」とも呼ばれる本殿の中心軸です。一方宇豆柱は、妻側中央のやや外側に飛び出して立ち、棟まで届く柱で、心御柱を補助して屋根を支えると伝えられます。心御柱は中央、宇豆柱は妻側、という位置の違いと、それぞれの役割の違いを押さえると見分けやすくなります。

大社造の入口がずれているのはなぜですか?

妻側の中央には宇豆柱が立つため、入口は柱を避けるように右側にずれた位置に設けられます。参拝者は柱の脇から本殿に入り、心御柱の周りを巡るようにして奥の神座へと向かう動線になります。これは大社造に特徴的な構成で、神明造や流造のような左右対称の入口とは大きく異なります。

大社造が日本最古の神社建築って本当ですか?

大社造は、神明造などとともにもっとも古い神社建築様式のひとつとされています。どの様式を最古と見るかは整理の仕方によって異なるため、単純な順位づけは難しいところです。大社造については、弥生時代の高床住居の柱配置との類似が指摘されることがあり、古い起源と関連づけて説明されてきました。現存する社殿としては神魂神社(島根県松江市・現本殿は1583年再建)が最古の遺構とされ、国宝に指定されています。

大社造の神社を巡るなら、どこから訪れるとよいですか?

大社造はそのほとんどが島根県、とくに旧出雲国(島根県東半部)周辺に集中しています。出雲大社(出雲市)→ 神魂神社(松江市・現存する大社造の最古遺構の国宝)→ 美保神社(松江市美保関町・比翼大社造)→ 須佐神社(出雲市佐田町・典型的大社造)の順で巡ると、最大規模から古拙な原型、独自の派生形まで一日〜二日で体感できます。松江を拠点に車で巡るのがおすすめです。

出雲大社の本殿は国宝ですか?

はい、出雲大社の本殿は1952年(昭和27年)に国宝に指定されました。現在の本殿は1744年(延享元年)の造営で、高さ約24メートル、檜皮葺の屋根を持つ大社造です。2008年から2013年にかけての「平成の大遷宮」で大規模な修造を受け、檜皮屋根の葺き替えなどが行われました。境内全体も、国の重要文化財や境内地として保存されています。

まとめ|大社造を知れば、出雲が立体的に見える

大社造は、古代住居を思わせる田の字状の柱配置を持つ、日本最古級の神社建築様式です。妻入・曲線屋根・田の字9柱・心御柱・宇豆柱の5つを押さえれば、現地で社殿が大社造かどうかを判断できるようになります。

出雲大社の古代本殿には、16丈・32丈とも語られる巨大本殿の伝承が残ります。2000年(平成12年)春に発見された3本組巨大柱の遺構は、伝承を考える重要な物的手がかりとして注目されました。現在の本殿は1744年の造営ですが、その背後には古代から中世にかけての壮大な建築史が折り重なっています。

次の出雲参拝のとき、ぜひ本殿の屋根と入口を見上げてみてください。曲線を描く屋根、妻側にずれた入口、その奥に立つ太い心御柱。神明造のまっすぐな清浄さとは異なる、大社造ならではの古層の趣が、出雲の景色をより味わい深く見せてくれます。鳥居のくぐり方もあわせて確認しておくと、より丁寧な所作で出雲大社の本殿を訪れることができます(出雲大社の参拝では一般的な二礼二拍手一礼ではなく、二礼四拍手一礼の作法が行われます)。

参考文献

参考文献

神社公式・一次資料

補助参考

  • スタジオワーク『神社建築のスゴイひみつ図鑑』ワニ・プラス
  • 『建築知識 2025年1月号「神社建築大全」』エクスナレッジ
  • 大林組「古代・出雲大社本殿の復元」季刊大林 第27号

※ 本記事の画像はChatGPT 等の生成AIによる象徴的なイメージ画像です。実際の景観とは異なる場合があります。詳細は免責事項をご覧ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

あやとき編集部は、40代の編集メンバーで運営しています。子を持つ親としても、一人の人間としても、暮らしに息づく神社との関わりを大切にしながら、全国の神社文化を丁寧に読み解いていきます。

神道や神社の奥深さを、専門用語に頼らず、どなたにも分かりやすい言葉でお届けします。読者の方と同じ目線で、共に学んでいく姿勢を基本としています。詳しくは運営者情報をご覧ください。

目次