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天赦日とは|暦のどこに書かれた日か、禁忌は誰が言っているのか

夜明けの広い空を描いた風景のイメージ画像。澄んだ淡い青から朝の金色へ移る空の中ほどで白い雲がゆるやかに左右へ分かれ、切れ間から光が差す。下には霞のかかった低い山の稜線が重なり、左上に「天赦日とは」の横書きタイトル。天が罪を赦す日という名前を象徴するアイキャッチ画像。

天赦日にしてはいけないことを調べると、退職、借金、喧嘩、衝動買い、愚痴まで出てきます。ところが、それを書いた記事のどれにも出典がありません。いっぽう福岡県神社庁が凶として挙げているのは、狩猟や殺伐な事、破壊することの三つだけです。

カレンダーの日付の下にある小さな字を、私は長いあいだ読み飛ばしてきました。調べてみると、天赦日は誰かがその年ごとに選んでいるのではなく、四季の区切りと日の干支の組み合わせで自動的に決まる日でした。国立国会図書館は、その割り当ての表を公開しています。この記事では、暦のどこに書かれた日なのかという話から始めて、日の決まり方、原典の有無、禁忌の出どころ、そして神社参拝との関係までを順に見ていきます。

この記事のポイント
  • 天赦日は暦の下段に書かれる吉凶の注のひとつで、この下段は「暦注下段(れきちゅうげだん)」とも呼ばれます。一粒万倍日とは紙面の欄が違いますが、国立国会図書館は、日々の吉凶を示す選日の例として中段の十二直、下段に記載された選日、一粒万倍日などを挙げています
  • 決まり方は四季と日の干支の組み合わせ。春は戊寅、夏は甲午、秋は戊申、冬は甲子の日と決まっています
  • 年に5回の年と6回の年があるのは、60日で一巡する日の干支と四季の長さが噛み合わないため。本記事が数え直したところ2024年は7回ありました
  • ウィキペディアの「暦注下段」は、下段の吉日のうち天赦日にのみ「万(よろづ)よし」とも注記されると書いています
  • 精選版日本国語大辞典は初出の実例として『暦林問答集』(1414年)を挙げています。一粒万倍日については、今回確かめた範囲では原典を特定できませんでした
  • 福岡県神社庁が凶とするのは狩猟や殺伐な事、破壊することだけ。退職や借金を凶とする記述は、暦の資料には見当たりません
  • 凶日と重なった日について、同庁は「他の凶日と当っても忌むに及ばず万事吉」と書いています
  • 神社に詣でることによいとされてきた暦注は、天赦日ではなく神吉日(かみよしにち)です
目次

天赦日は暦の「下段」に書かれた日

素木の机に平置きした古い暦の紙面を写した静物のイメージ画像。紙面は二本の墨線で上・中・下の三段に分かれ、各段には短い墨の払いが並ぶ。いちばん下の段に沿って細い金色の組紐が一本置かれ、視線を最下段へ導く。天赦日が暦の最下段に書かれる注のひとつであることを示す画像。

先に結論をお伝えします。天赦日とは、百神が天に会合し、天が万物の罪を赦すとされる日で、暦の最下段に書かれた吉凶の注のひとつです。国立国会図書館の解説「日本の暦」は、万事にわたって吉とし、四季により日が変わると説明しています。

カレンダーの日付の下に小さく刷られた吉凶の注は、まとめて暦注(れきちゅう)と呼ばれます。国立天文台の暦計算室は、書かれる位置によって上段を干支、中段を十二直、下段をその他の吉凶と整理しています。この下段に書かれる注は、ウィキペディアなどでは暦注下段、あるいは単に下段と呼ばれます。天赦日はこの下段の項目です。

ひとつ、分かりやすい傍証があります。ウィキペディアで「天赦日」を引くと、独立した記事はなく「暦注下段」へ転送されます。天赦日は単独の風習ではなく、下段という欄に並んだ注のひとつとして扱われているということです。

下段の吉日は「七箇の善日」と呼ばれる

下段に並ぶ吉日は、まとめて七箇(しちか)の善日と呼ばれます。天赦日はそのうちの一つです。

天赦日(てんしゃにち)

天が万物の罪を赦す日。万事にわたって吉とされます。四季と日の干支で決まります。

神吉日(かみよしにち)

神社に詣でること、祭礼、祖先を祀ることに吉とされる日。日本独自の暦注です。

大明日(だいみょうにち)

天地が開通して隅々まで日が照る日の意味。国立国会図書館は「陰陽和合の日で、すべてに大いに吉」としています。

天恩日・母倉日・月徳日・鬼宿日

天恩日は慶事に吉、凶事には忌む日。母倉日は「万事にわたって吉。特に造作、婚姻によいという」と国立国会図書館が説明しています。月徳日は造作や修繕に吉。鬼宿日は、辞典では婚礼をのぞく万事に大吉とされます。

七つを並べると、注記の書かれ方に差が見えます。ウィキペディアの「暦注下段」は、天赦日にのみ「万(よろづ)よし」とも注記されると書いています。ただし、ほかの吉日がみな用途を限っているわけではありません。天恩日や月徳日のように用途を限る吉日がある一方で、国立国会図書館は母倉日を「万事にわたって吉」、大明日を「すべてに大いに吉」と説明しています。最上の吉日という呼ばれ方と、天赦日にだけこの一語が添えられていることは、符合しているように思います。

一粒万倍日とは別の欄にある

ここで、よく一緒に語られる一粒万倍日との関係を整理しておきます。紙面のうえでは、一粒万倍日は選日(せんじつ)の欄に、天赦日は本来は下段に書かれます。ただし国立国会図書館は、日々の吉凶を示す選日の例として、中段の十二直、下段に記載された選日、一粒万倍日などを挙げています。この資料では、選日は下段と並ぶ別の欄というより、日の吉凶を示す注を広く指す言葉です。ウィキペディアの「選日」も、天赦日について「本来は暦注下段に属するが、選日の欄に書かれる場合もある」と注記しています。

二つは、同じ欄に並んだライバルではありません。紙面の別の欄に印刷されるけれども、広い意味ではどちらも選日です。「天赦日と一粒万倍日はどちらが上か」という問いは、はじめから土俵が違っていることになります。この点は後半でもう一度扱います。

春は戊寅、夏は甲午、秋は戊申、冬は甲子

生成りの和紙を正面から見た図解のイメージ画像。画面中央を細い金の線が一本縦に通り、左の区画には散った桜の花びら、右の区画には若い青もみじの葉が置かれて、線のところでぴたりと入れ替わる。季節が月の変わり目ではなく節入りの日を境に切り替わることを象徴する図解画像。

天赦日は、季節と日の干支(かんし)の組み合わせだけで決まります。国立国会図書館の「日本の暦」、ウィキペディアの「暦注下段」、デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典。この四つを突き合わせてみると、いずれもまったく同じ四つの干支を挙げていました。資料によって説が割れるところではありません。

季節(節切り)期間天赦日にあたる日の干支
春立春から立夏の前日まで戊寅(つちのえとら)
夏立夏から立秋の前日まで甲午(きのえうま)
秋立秋から立冬の前日まで戊申(つちのえさる)
冬立冬から立春の前日まで甲子(きのえね)

十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)を組み合わせると、干支は全部で60通りになります。東京都神社庁は、これが「六十年で一巡する年あるいは六十日で一巡する日」を表すと説明しています。十干と十二支そのものについては『干支は十二支のことではない』でまとめています。

季節の切り替わりは1日ではなく節入り

ここで一つ、つまずきやすいところがあります。この表でいう季節は、月の1日で切り替わるのではありません。立春・立夏・立秋・立冬という節入りの日で切り替わります。これを節切り(せつぎり)といいます。

たとえば5月4日が戊寅の日だったとします。5月なのだから夏だろうと考えると、甲午を探すことになって、その日は天赦日ではないという答えになります。ところが立夏が5月5日なら、5月4日はまだ春です。春の戊寅にあたるので、天赦日ということになります。二十四節気そのものは『二十四節気と節句』で扱っています。

自分で判定するなら、手順は二つだけです。①その日が立春・立夏・立秋・立冬のどの区間に入るかを見る ②その日の干支が表の組み合わせと一致するかを見る。天赦日の一覧がなくても、暦にある節入りの日と日の干支から自分で導けます。

年に5回の年と6回の年があるのはなぜか

生成りの和紙の上に二本の組紐を平行に置いた静物のイメージ画像。上の藍色の組紐には短い間隔で、下の淡い色の組紐には長い間隔で結び目が並び、二本の結び目が揃う一か所にだけ小さな金の玉が置かれる。間隔の違う二つの周期が噛み合わず、重なり方が年ごとに変わることを象徴する画像。

天赦日は年に5回または6回あるとされます。ウィキペディアの「暦注下段」もそう書いています。ただし、この記事で四季の区切りと日の干支から1日ずつ数え直したところ、2024年は7回ありました(1月1日・3月15日・5月30日・7月29日・8月12日・10月11日・12月26日)。5回または6回という書き方は、多くの年に当てはまる目安と考えたほうがよさそうです。では、なぜ毎年同じ回数にならないのでしょうか。

理由は、周期のずれです。

60日で一巡する日の干支と、四季の長さが噛み合わないためだと考えられます。四季の長さは年によって変わり、国立天文台が示す2026年から2027年の節入りの日で数えると、おおむね89日から94日です。60日周期の特定の干支は、その区間に1回だけ入ることもあれば、2回入ることもある。季節ごとに1回ずつなら年4回のはずが、実際には5回や6回になり、この記事で数え直した2024年のように7回になる年もあるのはこのためです。

誰かが毎年、数を調整しているわけではありません。二つの周期を重ねた結果が、そのまま回数として出てきているだけです。「天赦日は誰が決めたのか」という疑問には、この形が答えになります。その年ごとに数を決めている人はいません。

当年の一覧をこの記事に置かない理由

天赦日を扱う記事の多くは、その年の日付一覧を載せています。この記事では載せません。理由は二つあります。

  • 年が変われば書き換えが必要になり、放置された古い一覧がそのまま残りやすいため
  • 上の表と節入りの日さえ分かれば、読者が自分で判定できるため。一覧は判定の代わりにはなっても、理解の代わりにはなりません

実際に、私も手を動かして確かめました。1日ずつ干支を割り出し、その日が立春から立夏までの区間に入るかどうかを見て、表の組み合わせと一致する日を拾っていく。決まった規則に沿って機械的に決まります。2024年から2027年について出した日付は、確認できた暦や解説記事が載せている天赦日と食い違いがありませんでした。

拍子抜けしました。日付は節入りと日の干支という決まった規則で出てくるので、その年ごとに誰かが占って選んでいるわけではありません。この日がどう決まるのかは、一度自分で数えてみると腹に落ちます。その年の日付を知りたいときは、暦の該当欄を見るか、節入りの日を調べて表と突き合わせてみてください。

「天赦日者何也」と問うた室町時代の書物

低い素木の文机に古い日本の版本を一冊だけ見開きで平らに開いた静物のイメージ画像。経年で淡く黄ばんだ和紙の頁には木版刷りの細い枠線があり、右頁に淡い藍色の栞紐が一本渡される。障子越しの朝の光。六百年以上前に天赦日を問う文章が書かれていた古い書物を象徴する画像。

天赦日には、さかのぼれる文献があります。精選版日本国語大辞典は、天赦日の初出の実例として『暦林問答集』(1414年)下巻の「或問、天赦日者何也」を挙げています。訳せば「ある人が問う、天赦日とは何か」。今から600年以上前に、すでにこの問いを記した文章があったことになります。

同辞典は天赦日を「陰陽道で、一年中の極上の吉日とする日」と説明します。陰陽道の側の吉日です。神社が教義として定めたものとする記述は、今回確かめた資料にはありません。この点は後ほど改めて扱います。

ここで、隣の欄と比べてみます。一粒万倍日については、ウィキペディアが「根拠となる原典も存在しない」と書いています。ただし、無いことの証明は難しく、今回確かめた公的資料と辞典の範囲では、一粒万倍日の原典を特定できませんでしたという言い方が正確です。同じ暦の紙面に並んで印刷される二つの日ですが、資料のさかのぼり方には差があります。くわしくは『一粒万倍日とは』をご覧ください。

ただし、古いことと正しいことは別です。室町時代の書物に載っているからといって、その日に始めた物事がうまくいくわけではありません。さかのぼれるかどうかは、当たるかどうかとは違う話です。

してはいけないことは、誰が言っているのか

生成りの和紙の机面を真上から写した静物のイメージ画像。左側には何にもつながらない白い短冊が三枚ばらばらに置かれ、右側では短冊一枚だけが細い藍の糸で薄い冊子の綴じ糸へ結ばれている。禁忌の言い分の多くは出どころにつながらず、出典を示すものは一つだけであることを象徴する画像。

この記事でいちばんお伝えしたいのが、ここです。天赦日にはしてはいけないことが決まっている。そう書かれた記事をいくつも見かけます。けれども暦の資料を当たるかぎり、禁止事項が定まっているわけではありませんでした。実際、天赦日の「してはいけないこと」は、書いている媒体によってまったく違います。次の表は、検索して読んだ記事の言い分です。右の列には、それぞれの記事が出典として示しているものを入れました。

言っていること示されている出典
してはいけないことは、とくにないなし
退職、閉店、借金やローンなし
喧嘩、衝動買い、自分の心に嘘をつくなし
浮気、ギャンブルなし
愚痴や悪口なし
狩猟や殺伐な事、破壊すること福岡県神社庁「暦について」

上から五行は、どれも出どころが書かれていません。出典を示しているのは最後の一行だけです。福岡県神社庁は暦選日の解説で、天赦について次のように書いています。

天干地支相生じ、天地が平和に包まれ何をしても諸災を除く大吉日で、他の凶日と当っても忌むに及ばず万事吉であるといわれ、殊に結婚には大吉日。開店・新事業開始・拡大・発明・発見・研究等は好機会に恵まれて吉。狩猟や殺伐な事、破壊することは凶といいます。

吉とされるのは結婚、開店、新事業の開始、拡大、発明、発見、研究など。なかでも結婚はとりわけ大吉日とされ、開店や新事業などは「好機会に恵まれて吉」とあり、結婚ほど強い言い方ではありません。凶とされるのは狩猟と殺伐な事と破壊すること。退職や借金やローンを凶とする記述は、暦の資料には見当たりません。

出どころのない禁忌が増えていく仕組み

なぜ、資料にない禁止事項がここまで増えたのでしょうか。私は、天赦日が何と一緒に語られているかを見ると説明がつくと思っています。

2026年9月にこの語で検索したとき上位に並んだのは、結婚や恋愛をテーマにした記事と、革財布や漆器を売る店と、暦や開運を扱うメディアでした。神社のサイトは、確認した範囲では見当たりません。財布を売る記事では、見出しのいくつかが自社商品の紹介に充てられていました。

こうした場所で禁忌が育つと、増える方向へ進みやすい。私はそう見ています。買わない理由より、買う理由を増やしたほうが具合がいいからです。借金を凶だと言えば現金で買うほうへ寄り、衝動買いを凶だと言えば「よく選んだうえで買う」という話になります。愚痴や悪口を禁じる言い方にいたっては、確かめた暦の資料のどこにも見当たりません。私はここに、暦が商材と結びついたときに何が起きるかが、かなりはっきり出ていると思います。

だからといって、資料に書かれていないことを守ってはいけない、という話ではありません。ただ、それが暦の言い分なのか、それとも別のどこかから来た言い分なのかは、分けて読めたほうがいい。この記事で確かめたのは、そこまでです。

凶日と重なった日をどう読むか

素木の机に細長い生成りの和紙を二枚、重ねずに間をあけて並べた静物のイメージ画像。それぞれの紙には淡い墨の罫線が数本引かれ、紙ごとに小さな黒い石の文鎮が一つずつ載る。朝の斜光。暦の吉凶を重ねて差し引きせず、一つの欄ずつ分けて読むという作法を象徴する画像。

天赦日が不成就日や仏滅と重なった日は、どう考えればよいのでしょうか。この問いには、すでに答えが出ています。先ほど引いた福岡県神社庁の一文です。

「他の凶日と当っても忌むに及ばず万事吉である」。同庁は天赦についてそう書いています。凶日と重なっても差し引きしなくてよい、という立場です。

上位の記事では、この問いに両論併記で答えるものが目立ちます。気にする考え方もあるし気にしない考え方もある、という書き方です。神社庁の解説は、少なくとも天赦日についてははっきりしています。

そもそも重ねて読むものではない

もう一歩さかのぼると、暦そのものの読み方に行き当たります。福岡県神社庁は暦の見方についてこう書いています。

「暦はよこ見」と言いまして、すべてを一度に見るのではなく、自分の好みに合った、一つの欄だけを見て吉凶を知るのが正しい使い方です。

一つの欄だけを見る。そういう作法です。吉日が重なれば効き目が倍になり、凶日と重なれば相殺されるという読み方は、この作法とは前提が違います。六曜そのものについては『六曜とは』で詳しく扱いました。

なお、天赦日と一粒万倍日の重なりを「最強開運日」と呼ぶ言い方は、国立国会図書館や国立天文台、福岡県・奈良県・東京都の神社庁の暦の解説、辞典類を当たったかぎりでは出てきませんでした。どの吉日がどの吉日に勝るかを一覧にした資料も、見当たりません。いっぽうで、神社や販売店のサイトには、出典を示さずに似た言い方をしているものがあります。

神社に参拝する日として見るとどうなのか

神社の境内で朝の光を受ける石の手水鉢を写したイメージ画像。縁にうっすら苔のついた素朴な鉢が澄んだ水を湛え、竹の柄杓が一本横向きに渡されている。水面には朝の空と木々の緑が映り、背景には鎮守の森がやわらかく広がる。神社へのお参りという本節の主題を象徴する画像。

天赦日に神社へお参りするとよい、という案内をよく見かけます。ここで、暦の側の事情を確かめておきます。

神社に詣でることに対応する暦注は、天赦日ではなく神吉日です。ウィキペディアの「暦注下段」は神吉日を「神事に関すること、すなわち神社に詣でること、祭礼、祖先を祀ることに吉とされる」と説明し、この暦注は日本独自のものであると付け加えています。日の干支だけで決まり、33種の干支に割り当てられます。

神吉日にあたる33の干支(クリックで開きます)

乙丑・丁卯・己巳・庚午・壬申・癸酉・丁丑・己卯・壬午・甲申・乙酉・戊子・辛卯・甲午・丙申・丁酉・己亥・庚子・辛丑・癸卯・乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉・辛亥・壬子・乙卯・戊午・己未・庚申・辛酉・癸亥

ウィキペディア「暦注下段」による。江戸時代の暦では、これらの干支にあたる日でも凶日と重なる場合は記載しないなどの除外規則があったとされ、その規則は完全には判明していません。現代の市販の暦でも、本来の決め方と多少異なる場合があります。

天赦日は万事に吉とされる日です。参拝もそこに含まれる、という読み方はできます。ただし、神社に詣でることを名指しした注は神吉日のほうです。天赦日が参拝に向かないという意味ではありません。この違いは、覚えておくと暦の案内が読みやすくなります。

参拝を避けたほうがよい日はあるのか

お参りを避けたほうがよい日があるのではないか。そう気にされる方は多いようです。検索の関連する質問にも並んでいます。

今回確かめた範囲では、神社庁の暦の解説に、参拝を禁じる日を定めた記述は見当たりませんでした。福岡県神社庁の暦選日の解説には、凶日の多くについて何を忌むかが書かれています。ただし、参拝の可否に触れた記述は、確かめた範囲では見当たりません。暦の欄は、その日に何を始めるかについての注だからです。

参拝を控えるという慣習が語られるのは、暦とは別の系統です。身内を亡くしたあとの忌中は、神社への参拝を控えるとされています。神社本庁の案内では五十日祭までが一つの目安で、その間にやむを得ず参拝するときは、お祓いを受けてからにするとされています。忌が明けてからの過ごし方は、案内によって説明が分かれます。脇道から入り、鳥居をくぐらない慎み方を紹介する神社庁もあります。期間や作法には地域や家による差もあります。これは日の吉凶ではなく、喪に服することの作法です。暦の欄をいくら見ても、この話は出てきません。二つを混ぜると、行ってよい日を探し続けることになります。

神社の側の扱いには幅がある

いっぽうで、天赦日を積極的に案内している神社もあります。茨城県の大杉神社は開運カレンダーで、天赦日を「暦中で最強とされる祈祷最適の開運日」と紹介しています。神吉日についても「神様の加護を受け祈祷を受ける最良日」として、別立てで載せています。

天赦日に合わせて限定の御朱印を授与する寺社もあります。ただし、授与するかどうかは各社の判断ですから、毎年かならず行われるわけではありません。お出かけの前に、参拝先の最新の案内を確かめてください。参拝日そのものの考え方は『神社参拝に良い日はあるのか』でまとめています。

暦注は宗教なのか

「天赦日 宗教」という検索が立っています。神社が案内しているのだから神道の教えなのだろうか、という疑問だと思います。

天赦日は陰陽道で吉日とされてきた暦の注記です。神道の祭りの決まりなどに書かれているものとする記述は、今回確かめた資料の中に見当たりません。奈良県神社庁は、神道には聖書のような教典はないと説明し、神社本庁についても、他宗教にある統一的な教義といったものはないと書いています。精選版日本国語大辞典も天赦日を「陰陽道で」と説明します。国立天文台の暦計算室は、暦注のもとになったのは中国から伝来した大唐陰陽書などだとしたうえで、八十八夜や二百十日のような日本独自の暦注もあると書いています。

では、なぜ神社庁が暦の解説を出しているのでしょうか。奈良県神社庁の説明が、その経緯をたどっています。

明治以降、官暦としての発行を許されたのは神宮の暦だけでしたが、日の吉凶などの暦註が一切省かれたものでした。これに対して民間で出回った偽暦(おばけ暦)には暦註が掲載され、六曜が一般庶民の間に広く普及するようになりました。戦後、暦の発行が自由になり、六曜や人の生年で吉凶を判断する九星などを載せた運勢暦が盛んに出されるようになりました。

読み取れることが二つあります。ひとつは、明治以降、暦の発行が自由になるまでの公式な暦には、日の吉凶の注が載っていなかったこと。もうひとつは、吉凶の注が民間の暦を通して出回ったことです。同庁が「一般庶民の間に広く普及」と書いているのは六曜についてですが、天赦日も下段の注ですから、官暦から省かれた側にあります。

現在は、福岡県神社庁が旧暦日や六曜、十二直、二十八宿の吉凶を載せた「神社廳暦」を毎年発行しています。神社が暦を出していることと、暦注が神道の教えであることは、別の話です。文化として受け継がれてきた日の数え方の一部であり、信じなければならない教えではありません。

よくある質問

天赦日の読み方は「てんしゃにち」と「てんしゃび」のどちらが正しいですか?

どちらも使われています。国立国会図書館の「日本の暦」、デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典はいずれも「てんしゃにち」の読みを挙げています。いっぽうウィキペディアの「暦注下段」は「てんしゃにち、てんしゃび」と併記しています。どちらかが誤りというより、読みが定まりきっていない語だとお考えください。なお、ウィキペディアの「暦注下段」は、暦には「天しや」と書かれると記しています。

天赦日に限定の御朱印をいただける神社はありますか?

天赦日に合わせて限定の御朱印や授与品を用意する寺社はあります。ただし、授与するかどうかも、何を授与するかも各社の判断です。毎年かならず行われるわけではありませんし、社務所の開いている日時に限られます。お出かけの前に、参拝先の公式サイトや社務所へご確認ください。御朱印そのものの受け方は『御朱印のいただき方』の記事でまとめています。

天赦日に財布を使い始めるとよいと聞きますが、暦にはそう書かれているのですか?

国立国会図書館の解説は「万事にわたって吉」とするだけで、用途を個別に挙げていません。福岡県神社庁が挙げているのは結婚、開店、新事業の開始、拡大、発明、発見、研究です。財布の新調や使い始めを名指しした記述は、どちらの資料にもありませんでした。財布と結びつける言い方は、確かめた範囲では、財布の購入をすすめる記事やブログで見かけたものです。暦の言い分と、売り手の言い分は分けて読むことをおすすめします。

まとめ

この記事では、天赦日が暦のどこに書かれた日なのかという話から、決まり方、原典、禁忌の出どころ、神社参拝との関係までを確かめました。

  • 天赦日は暦注のうち「暦注下段」の欄にある日。紙面では一粒万倍日と欄が分かれるが、国立国会図書館は下段に記載された選日も中段の十二直も選日の例に挙げており、選日という語は欄の名前より広い
  • 決まり方は四季と日の干支の組み合わせ。春は戊寅、夏は甲午、秋は戊申、冬は甲子。季節の切り替わりは月の1日ではなく節入り
  • 年に5回の年と6回の年があるのは、60日周期の日の干支と四季の長さが噛み合わないため。数え直すと2024年は7回あった。誰かが毎年決めているのではない
  • 下段の吉日は七箇の善日と呼ばれ、ウィキペディアは天赦日にのみ「万よし」とも注記されると書いている
  • 精選版日本国語大辞典は初出の実例に『暦林問答集』(1414年)を挙げる。一粒万倍日は、今回確かめた範囲では原典を特定できなかった。ただし、さかのぼれることと当たることは別だと私は思う
  • 「してはいけないこと」は媒体ごとに食い違い、どれも出典を示していない。福岡県神社庁が凶とするのは狩猟や殺伐な事、破壊することだけ
  • 凶日と重なっても「忌むに及ばず万事吉」(福岡県神社庁)。同庁は「暦はよこ見」=一つの欄だけを見るのが正しい使い方だとしている
  • 神社に詣でることに対応する暦注は神吉日。ただし大杉神社のように天赦日を祈祷の適日として案内する神社もあり、扱いには幅がある
  • 天赦日は陰陽道で吉日とされてきた暦の注記で、神道の祭りの決まりなどに書かれたものとする記述は確かめた資料に見当たらない。明治以降の官暦は吉凶の注を省いており、注が出回ったのは民間の暦を通してだった

次に天赦日という言葉を見かけたら、その日の干支と、立春・立夏・立秋・立冬のどの区間かを調べて、本文の表と見比べてみてください。天赦日の一覧がなくても、暦にある節入りの日と日の干支から自分で導けます。そのうえで、あなたはどの欄を見ることにしますか。一つ決めてしまえば、残りの欄の吉凶に振り回されずにすみます。暦にほかにどんな欄があるのかが気になってきたら、『神社参拝に良い日はあるのか』が次の入口になります。

参考文献

公式資料(公的機関・神社庁・神社)

補助参考(辞典・百科事典・読者の疑問)

  • 「天赦日」デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典(kotobank 掲載)(初出実例『暦林問答集』1414年)
  • ウィキペディア「暦注下段」(下段の各注・七箇の善日・神吉日の干支配当・天赦日の回数)/同「選日」(天赦日が選日の欄に書かれる場合があること)/同「一粒万倍日」(原典が存在しないという記述)
  • Google 検索の「他の人はこちらも質問」および関連検索に現れた天赦日に関する疑問(読者の疑問の把握に用いた)

本記事は、2026年9月に国立国会図書館・国立天文台の公開資料と、福岡県神社庁・奈良県神社庁・東京都神社庁および大杉神社の案内、辞典類と百科事典を確認し、天赦日の決まり方と吉凶の内容、神社側の扱いを本記事独自に整理したものです。日の吉凶の受け取り方は、暦を出す側や地域によって異なることがあります。退職や契約、お金の貸し借りなどの判断は、暦ではなく条件でお決めください。実際にお参りされる際は、参拝先の最新の案内をご確認ください。

※ 本記事の画像はChatGPT 等の生成AIによる象徴的なイメージ画像です。実際の景観とは異なる場合があります。詳細は免責事項をご覧ください。

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この記事を書いた人

あやとき編集部は、40代の編集メンバーで運営しています。子を持つ親としても、一人の人間としても、暮らしに息づく神社との関わりを大切にしながら、全国の神社文化を丁寧に読み解いていきます。

神道や神社の奥深さを、専門用語に頼らず、どなたにも分かりやすい言葉でお届けします。読者の方と同じ目線で、共に学んでいく姿勢を基本としています。詳しくは運営者情報をご覧ください。

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