参拝の予定を立てようとして、カレンダーの「仏滅」や「赤口」が目に入って手が止まったことはありませんか。調べてみると「六曜と神社は関係ない」と書かれている一方で、「一粒万倍日に参拝すると良い」という記事も出てきます。どちらを信じればいいのか分からなくなります。
そこで、神社の側が出している暦を実際に開いてみました。伊勢神宮が毎年頒布している神宮暦と、県の神社庁が発行している暦です。すると、神宮暦には大安も仏滅も載っていないと神社庁自身が書いている一方で、県の神社庁の暦には六曜も十二直も載っている、という食い違いが見えてきました。この記事では、六曜と吉日が暦のどこに書かれた注なのかを層に分けて整理し、神社が「控えてください」と明記している期間まで確認します。
- 神社の公式資料に「この日に参拝しなさい」という決まりは見当たりません。逆に「控える」と明記されている期間はあります
- 伊勢神宮は神宮暦を「明治16年より迷信的記述を排除し、科学的情報のみを記述した」暦と説明しています
- 福岡県神社庁は「伊勢神宮の暦には、旧暦も、大安仏滅のような六曜も、ましてや九星の占いも掲載されておりません」と書いています
- その同じ福岡県神社庁が発行する神社廳暦には、旧暦日や六曜、十二直、二十八宿の吉凶が載っています。神社界の中でも暦の作り方はひとつではありません
- 六曜は中国から伝わった注で、東京都神社庁はもともと時刻の吉凶占いに使われていたと説明しています
- 暦の上・中・下の段は紙面のどこに刷るかという位置の区分で、吉凶を示す注はまとめて選日とも呼ばれます。別の欄の注が同じ日に並ぶので、吉と凶が同居します
- 神社本庁が参拝を遠慮すると書いているのは、身内を亡くしたあとの「忌」の期間です
神社参拝に「良い日」はあるのか

先に結論をお伝えします。今回、神社本庁と伊勢神宮、いくつかの県神社庁の公式ページを確認した範囲では、「この日に参拝すると良い」と参拝日を指定した記述は見つかりませんでした。祈祷の受付時間や祭典の日程は詳しく案内されていますが、日柄の良し悪しで参拝日を選ぶよう勧める文は出てきません。一方で「この期間は参拝を遠慮してください」という記述ははっきり存在します。後半で扱う服忌(ぶっき)です。
あなたが気にしている日柄は「暦注」と呼ばれる
大安、仏滅、一粒万倍日、天赦日、不成就日、神吉日。カレンダーの日付の下に小さく書かれているこれらは、まとめて暦注(れきちゅう)と呼ばれます。国立天文台の暦計算室は、暦注を「暦に付された、日の吉凶などを示す注釈のこと」と説明しています。日付そのものではなく、日付に後から添えられた注釈だという位置づけです。
ここが最初のつまずきどころだと思います。相談サイトを見ていると、大安と一粒万倍日と神吉日を同じ土俵に並べて「どれを優先すべきか」と悩んでいる方が目立ちます。ところが、この3つは暦の別々の欄に載る注で、決まり方も違います。ものさしの違うものを一列に並べているので、答えが出ないまま迷うことになります。
この記事で確認する4つのこと
- 神社が実際に出している暦には何が載っているか
- 六曜はどこから来て、どういう規則で並んでいるか
- 神吉日や一粒万倍日は暦のどの層に書かれた注か
- 神社が「控えてください」と書いている日はあるのか
神社が出している暦には何が載っているか

暦と神社の関係を確かめるには、神社が自分で出している暦を見るのがいちばん早いと考えました。伊勢神宮は毎年、お神札である神宮大麻とあわせて神宮暦(じんぐうれき)を全国に頒布しています。神社本庁と各都道府県の神社庁を通じて、年末までに崇敬者の各戸へ届けられるものです。
神宮暦は「迷信的記述を排除した」暦だと説明されている
伊勢神宮の公式サイトは、神宮暦について「御師の配った伊勢暦の伝統を受け継ぎ」、「明治16年より迷信的記述を排除し、科学的情報のみを記述した我が国唯一の『正暦』として全国に頒布されました」と説明しています。中身は「日の出や満潮時刻など天体と気象に関する身近な情報や農事情報」で、いまも農林漁業に関わる方や家庭菜園をされる方に使われているとのことです。
ここで言う「迷信的記述」に何が含まれるのかを、福岡県神社庁がはっきり書いています。「暦のお話」というコラムに、「伊勢神宮の暦には、旧暦も、大安仏滅のような六曜も、ましてや九星の占いも掲載されておりません」という一文があります。神社本庁が本宗と仰ぐ伊勢神宮の暦に、六曜が載っていない。この点は、伊勢神宮自身の「迷信的記述を排除し、科学的情報のみを記述した」という説明とも合っています。
県の神社庁が出す暦には六曜も十二直も載っている
ところが、その福岡県神社庁自身が発行している暦を見ると、話は単純ではなくなります。同庁のサイトによれば、毎年秋ごろに神社廳暦(じんじゃちょうれき)を発行しており、そこには「その1年の旧暦日や六曜、十二直、二十八宿の吉凶、神社祭日行事など」が示されています。サイト上にも六曜それぞれの吉凶が並んでいて、たとえば先勝は「諸事早くするに利あり 午後は悪し」、大安は「吉日 旅行移転婚姻 開店万事吉なり」と書かれています。
神宮暦は載せず、県の神社庁の暦は載せる。同じ神社界の中でも、暦の作り方はひとつではないということです。なお同庁が「別紙で六曜と旧暦が一覧表として付録となっているようです」と書いているのは神宮暦についての話で、自分たちの神社廳暦に六曜をどう載せているかを説明したものではありません。
明治16年の暦から昭和20年まで、神宮が暦を頒布していた
なぜ伊勢神宮が暦を出しているのか、不思議に思う方もいるかもしれません。福岡県神社庁のコラムは「伊勢神宮の暦は、明治の改暦以降戦前まで、この国の基準となる暦でした。というより、一般の出版社は暦の販売ができなかったのです」と説明しています。明治5年の改暦で日本は太陽暦に切り替わり、国立天文台の解説によれば、明治16年の暦から伊勢神宮が頒暦を担うことになりました。ただし、このコラムは末尾に「以上頭にうかんだことを書いたので、正確か否かはしりませんよ?だって与太話ですから」と自ら断りを置いています。暦の出版がどこまで制限されていたかは資料によって幅があるので、この部分は同庁の説明として紹介します。伊勢神宮と暦は無関係どころか、戦後の昭和21年(1946年)に暦の発行が自由になるまで、国の暦そのものが神宮を通して配られていたということです。
旧暦から新暦への切り替えで年中行事の日付がどう動いたのかは、『二十四節気と五節句とは』でくわしく扱っています。
私は、神宮暦が吉凶を載せていないことを、信仰が薄いからだとは思いませんでした。載っているのが日の出と満潮の時刻、そして農事の情報だと知って、これは田畑や海に出る人が明日の段取りを決めるための道具なのだと感じます。今日が吉か凶かを教える紙ではなく、明日何時に家を出るかを決める紙。暦を配るというのはそういう仕事だったのだと、私は受け取りました。
六曜はどこから来た注なのか

次に、いちばん目にする六曜そのものを見ていきます。先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の6つです。
もとは日ではなく時刻を見るものだった
東京都神社庁は神社Q&Aの「暦」の項目で、六曜について中国では時刻の吉凶占いに用いられていたものが、日本に伝わってから日の吉凶を判断する方法として用いられるようになったと説明しています。もとは一日の中のどの時間かを見る道具で、日そのものの良し悪しを決める道具ではなかった、ということです。友引の午前と午後で吉凶が変わる、といった説明が残っているのは、その名残と考えると分かりやすくなります。
伝わった時期について、奈良県神社庁はよくある質問の中で、六曜が室町時代の初めごろに中国から伝わり、江戸時代の終わりに現在の形に定着したと説明しています。神事とともに古くから使われてきた暦ではありません。同庁は「友引に凶事をおこなわない、仏滅は万事を忌むなどの禁忌があります。あまり拘泥しすぎるのは問題ですが、一つの慣習として考えればよいのではないでしょうか」とも書いています。否定もしないが、こだわりすぎるものでもない。神社側の受け止め方として、これはとても正直な書き方だと感じます。
六曜の並びは旧暦の月ごとにリセットされる
六曜には、あまり知られていない規則があります。福岡県神社庁の「暦のお話」によれば、旧暦の1月と7月は先勝から始まり、2月と8月は友引から始まるという具合に、旧暦の月ごとに始まりの曜が決まっています。そして「旧暦の月が変わるたびに、六曜の順番は規則に従いリセットされます」。
手元のカレンダーで六曜が並ぶ順を追っていくと、ある日突然、順番が飛ぶ箇所が出てきます。壊れているわけではありません。そこが旧暦の月替わりです。六曜は新暦のカレンダーに印刷されていますが、並び方の骨組みは旧暦のままだということです。この点を知っておくと、六曜が日々の運勢を計算した結果ではなく、機械的な順番で決まる注であることが実感できます。
神吉日や一粒万倍日は暦のどの層にあるのか

ここが、冒頭で触れた「層」の話です。国立天文台の暦計算室は、暦注が記載される位置によって上中下の三段に分類されると説明しています。上段が干支、中段が十二直、そして下段にその他の吉凶の注が並びます。ただしこれは紙面のどの段に刷るかという位置の区分で、吉凶の種類がきれいに分かれているわけではありません。国立国会図書館の解説は、中段の十二直も、下段の天赦日や大明日も、まとめて選日として扱っています。
上段の干支が、実は多くの吉日の土台になっている
干支(えと)と聞くと、年につくものを思いうかべる方が多いかもしれません。日にも干支があります。甲子、乙丑と60日で一巡する日の干支です。寅の日、巳の日、甲子の日といった吉日は、この日の干支をそのまま数えたものです。一粒万倍日も、日の干支と暦の月の組み合わせから決まります。つまりよく見かける吉日の多くは、上段の干支から機械的に導かれた注だということになります。
神吉日は下段の注で、神社庁の暦にも二十八宿が並ぶ
神吉日(かみよしにち)は、暦注の下段に置かれる注です。名前のとおり神事や参拝に良いとされ、60日のうち30日あまりに巡ってくると説明されることが多い日です。前に見た福岡県神社庁の神社廳暦にも、六曜とあわせて十二直と二十八宿の吉凶が載っていました。十二直は中段の注、二十八宿も日ごとに割り当てられる注です。神社が出す暦にも、こうした吉凶の注が入っていることになります。
整理すると、こうなります。
- 上段 日の干支。ここから寅の日・巳の日・甲子の日などが決まる
- 中段 十二直。建・除・満などの12種が日ごとに巡る
- 下段 神吉日・天赦日・大明日・母倉日など。吉凶を示す注が並ぶ
- 選日 日々の吉凶を示す注の総称。国立国会図書館の解説では中段も下段もここに含めて説明される
- 六曜 あとから広まって今のカレンダーに残った注。旧暦の月と日で機械的に決まる
神吉日の「神」は誰が付けた名前か
神吉日には「神」の字が入っています。この字があるので、神社の側が決めた日のように見えます。ところが、この呼び名を使ってきたのは神社ではなく、別の学問のほうでした。
国立国会図書館が公開している解説「日本の暦」は、暦注の全体について「暦注の多くは陰陽五行説という古代中国の思想や易から発生し、月日に当てられるようになったもので、その大きな柱となるものが干支です」と説明しています。前の項で見た、上段の干支から吉日が導かれるという話は、ここにつながります。暦注の出どころは陰陽五行説と易だという説明です。
神吉日そのものについては、精選版日本国語大辞典が「陰陽道で、神社に参拝したり、神事を行なったりするのによいとされた日」と定義しています。辞典の記述は、kotobank に掲載されているものを確認しました。陰陽道(おんみょうどう)は陰陽五行説や易から組み立てられた占いと暦の体系で、成り立ちの上では神道と別のところから始まり、のちには宮中の祭祀や神社の行事とも影響し合ってきました。つまり、神吉日は陰陽道の側で神事や参拝に良い日とされてきたということになります。誰が最初にこの名前を付けたのかまでは、今回の資料からは分かりません。
同じ辞典は、この語の用例を『拾芥抄』(しゅうがいしょう)という書物にまで遡らせています。13世紀から14世紀ごろにまとめられたとされる、いろいろな分野の知識を項目に分けて集めた本です。神吉日という呼び名は、そのころにはすでに使われていたことになります。
ここで切り分けられるのは、この呼び名がどの学問の側で使われてきたのかという点です。良い日とされている中身のほうは、神社への参拝と神事そのものです。成り立ちが別だからといって、神吉日が神事と関わりのない日だという話にはなりません。
吉日と凶日が重なる日をどう考えるか
「大安と不成就日が重なった日」と「仏滅と一粒万倍日が重なった日」では、どちらを選べばいいのか。相談サイトでよく見かける質問です。答えが割れていて、不成就日が大安を打ち消すという説明もあれば、一粒万倍日の勢いが仏滅を跳ね返すという説明もあります。回答者によって結論が正反対になるのが、この質問の特徴です。
前の章の整理を思い出すと、理由が見えてきます。六曜も、一粒万倍日や不成就日も、神吉日も、決まり方の違う注が同じ日付にそれぞれ割り当てられたものです。ある日に吉と凶が同時に並ぶのは、例外ではなく当たり前ということになります。重なったときの扱いを書いている資料もあります。福岡県神社庁は「暦選日上同じ月日に一粒万倍日と不成就日とが重なる時は一粒万倍日(吉日)が勝るものとします」とし、天赦日については「他の凶日と当っても忌むに及ばず万事吉である」と説明しています。ただしこれは同じ欄の注どうしの話で、六曜と選日のように別の欄をまたいだときにどちらを採るかまでは、今回確認した範囲では見つかりませんでした。
神社が「控えてください」と書いている日はある

参拝を控えるべき日を調べると、不成就日や赤口を避けるという記事が並びます。ただ、神社本庁の公式サイトを読むと、参拝を遠慮するよう書かれているのは暦の凶日ではありません。服忌(ぶっき)、つまり身内を亡くしたあとの期間です。
神社本庁は、地域に慣例がある場合はその慣例に従うのが適切だとしたうえで、特に慣例がない場合の目安として「五十日祭までが『忌』の期間、一年祭(1周忌)までを『服』の期間とするのが一般的」と書いています。そして「『忌』の期間中は神社への参拝を遠慮しますが、やむを得ない場合にはお祓いを受けてから参拝するのがよいでしょう」と続けています。「忌」とは故人の祭りに専念する期間、「服」とは故人への哀悼の気持ちを表す期間、という区別も示されています。家庭では神棚の前に白い半紙を貼るか屏風を立てて、一時的にお祀りを取りやめるとされています。
ここには、暦注の説明にはないものが2つあります。ひとつは期間がはっきり示されていること。もうひとつは、やむを得ないときの手順まで書かれていることです。避けるべき日を挙げるだけでなく、避けられないときにどうするかまで用意されている。この差が、慣習として広まった注と、神社が定めている作法との違いだと思います。忌と穢れの考え方そのものは『穢れとは』でくわしく扱っています。
参拝の日を決めるときの順番

ここまで見てきたことを、決め方の順番にしてみます。上から順に確認すれば、迷う時間はかなり短くなるはずです。
身内を亡くされてから日が浅い場合は、まずここを見ます。地域に慣例がなければ、神社本庁の目安では五十日祭までが「忌」の期間です。やむを得ず参拝する場合は、お祓いを受けてからという案内が出ています。
ご祈祷を受けたいなら受付時間の確認が先です。大きな祭典の日は境内が混み合い、通常のご祈祷を受け付けていないこともあります。暦の吉凶よりも、こちらのほうが当日の体験を大きく左右します。
ご家族やご親族と一緒に行くなら、六曜を気にする方がいるかどうかを先に聞いてから日を決めてください。奈良県神社庁が書いているとおり、六曜は一つの慣習として受け止められています。慣習に合わせること自体は、なんの問題もありません。
ここまで絞ったあとに吉日が残っていれば、それを選んでも構いません。ただ、吉日を待って先延ばしにするくらいなら、行ける日に行くほうがよいと私は思います。参拝の時間帯で迷ったときは『神社参拝の時間』を参考にしてください。
暦には「よこ見」という読み方がある
順番とは別に、暦そのものの読み方を書いている神社庁があります。福岡県神社庁は暦の解説ページで、日本には様々な吉凶日があり、そのうち六曜がもっとも使われていると述べたうえで、「『暦はよこ見』と言いまして、すべてを一度に見るのではなく、自分の好みに合った、一つの欄だけを見て吉凶を知るのが正しい使い方です」と書いています。全部の欄を見るのではなく、一つの欄だけを見る。同じページには「適度に反省・決意に当てることが大切です」という一文も続きます。
大安と一粒万倍日と神吉日を並べて、どれを優先するかを考える。この記事の前半で見た迷い方は、同庁の説明に沿えば最初から想定されていないことになります。同庁は六曜についても「毎日の吉凶を占い、個人単位でなく総体的に運勢を判断します」と説明しています。同じページには各曜の吉凶も並んでいるので、日取りを見ること自体を否定しているわけではありません。
重なった日についての記述も、ひとつだけありました。同庁は「暦選日上同じ月日に一粒万倍日と不成就日とが重なる時は一粒万倍日(吉日)が勝るものとします」と書いています。優先順位が示されているのは選日どうしが重なるときだけで、六曜と選日のように系統の違う注のあいだで、どちらが強いかを定めた記述は、今回確認した範囲では見つかりませんでした。
この読み方に沿うなら、決めることは思ったより少なくなります。六曜の欄を見るのか、選日の欄を見るのか、どちらも見ないのか。欄をひとつ選んでしまえば、ほかの欄で吉と凶が入り混じっていても、そこで立ち止まる場面は減らせるはずです。
参拝を控えるべき日を探す検索が毎月これだけ多いのは、運を落としたくないからというより、失礼になりたくないからではないかと私は思っています。神様に対して、あるいは一緒に行く家族に対して、間違ったことをしたくない。その気持ちに正面から答えているのは、吉日カレンダーではなく、忌の期間と、参拝先が出している案内のほうです。日柄を調べる時間を少し減らして、参拝先のページを1枚開いてみるほうが、たぶん役に立ちます。
※本記事の吉日・暦注に関する記述は文化的な伝承の解説を目的としたもので、特定の効果や結果を保証するものではありません。詳細は免責事項をご確認ください。
よくある質問
- 仏滅に参拝しても差し支えありませんか?
神社の公式資料に、仏滅の参拝を控えるよう求める記述は見当たりませんでした。六曜は中国から伝わった注で、東京都神社庁はもともと時刻の吉凶占いに使われたものだと説明しています。ご家族に気にされる方がいる場合は、その慣習に合わせて日を選んで差し支えありません。
- 一粒万倍日に合わせると夕方の参拝になります。時間は気にしなくてよいですか?
まず社務所の受付時間を確認してください。授与所やご祈祷の受付は夕方に閉まる神社が多く、日付を優先して遅い時間に着くと、お参りはできても御朱印や授与品を受けられないことがあります。時間帯の考え方は『神社参拝の時間』で扱っています。
- 神社本庁が六曜を否定していると聞きましたが本当ですか?
相談サイトなどでその説明をよく見かけますが、2026年9月に神社本庁の公式サイト内を検索した範囲では、六曜について述べたページは確認できませんでした。確認できるのは、伊勢神宮が神宮暦を「迷信的記述を排除した」暦と説明していること、福岡県神社庁がその暦に六曜は載っていないと書いていること、奈良県神社庁が六曜を一つの慣習として説明していることです。本記事はこれらの確認できた記述だけを根拠にしています。
まとめ
この記事では、神社が出している暦を開くところから、参拝日の決め方までを確認しました。
- 神社の公式資料に参拝日を指定する記述は見当たらず、明記されているのは控える期間のほうだった
- 伊勢神宮の神宮暦は明治16年から迷信的記述を排除した暦で、日の出や満潮の時刻、農事の情報が中心になっている
- 福岡県神社庁は神宮暦に六曜も旧暦も九星も載っていないと書き、近年は別紙の付録で補っていると説明している
- その福岡県神社庁が出す神社廳暦には六曜・十二直・二十八宿の吉凶が載る。神社界の中でも暦の作り方はひとつではない
- 六曜は室町時代の初めごろに中国から伝わった注で、もとは時刻を見るもの。並びは旧暦の月ごとにリセットされる
- 上・中・下の段は紙面の位置の区分で、吉凶を示す注はまとめて選日とも呼ばれる。別の欄の注が同じ日に並ぶので吉と凶が同居し、欄をまたいだときの優劣は確認した範囲では見当たらない
- 神社本庁が参拝を遠慮すると書いているのは忌の期間で、やむを得ない場合はお祓いを受けてからと案内されている(地域に慣例があればそちらが優先される)
今回いちばん意外だったのは、六曜を載せない暦を神社が配り続けてきた、という事実でした。吉凶を教えないかわりに、日の出と満潮の時刻が並んでいる。明日の段取りを立てるための紙です。あなたが次に参拝の日を決めるときも、まず参拝先の案内を1枚開いてみてください。受付時間と祭典の日程が分かれば、決めるのに必要な材料はだいたい揃います。年中行事の暦そのものに興味が出てきたら、『二十四節気と五節句とは』と『神社の年中行事とは』が入口になります。
参考文献
一次資料(神社本庁・神宮・県神社庁・国立天文台)
- 神社本庁公式サイト「服忌について」
- 伊勢神宮公式サイト「神宮大麻と神宮暦」
- 福岡県神社庁「暦のお話」/「暦について」
- 奈良県神社庁「よくある疑問・質問」
- 東京都神社庁「神社Q&A 暦(1) 六曜の吉凶について」
- 国立天文台 暦計算室「暦Wiki 暦注」
補助参考(公的機関の解説・辞典・文化解説)
- 国立国会図書館「日本の暦」第三章 暦の中のことば(干支①六十干支)
- 国立国会図書館「日本の暦」六曜/中段(十二直)/下段
- 精選版 日本国語大辞典「神吉日」(kotobank 掲載)
- Wikipedia「六曜」「日本の暦」「明治改暦」(確認の入口として、本文根拠としては用いない)
- Yahoo!知恵袋に寄せられた参拝日と暦に関する相談(読者の疑問の把握と、言い伝えの分布の確認に用いた)
本記事は、神社本庁・伊勢神宮・福岡県神社庁・奈良県神社庁・東京都神社庁および国立天文台の公開資料を2026年9月10日に確認し、暦注の層と神社側の扱いを本記事独自に整理したものです。暦の扱いや案内は神社・地域によって異なり、改訂されることもあります。実際にお参りされる際は、参拝先の最新の案内をご確認ください。なお神社本庁については、暦注や六曜に触れた記載が公開ページに見当たらないことの確認を含みます。
