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鬼宿日とは|二十七宿の時代は毎年同じ日付だった吉日

夜明け前の澄んだ青い空の中央やや右上に、青白く淡く光る小さな星の集まりが1つ浮かび、下のほうは淡い金色に明るんで低い山の稜線がうっすら見えるイメージ画像。左上に「鬼宿日とは」の横書きタイトル。鬼宿日の名のもとになった、かに座の中心に見える星を表した記事のアイキャッチ画像。

「鬼宿日はいつ?」と調べると、上位の記事にはその年の日付がずらりと並び、「月に1度の大吉日」「婚礼以外は大吉」と書かれています。けれども、なぜその日が鬼宿日になるのか、昔も同じ日だったのかまで書いた解説記事は、2026年9月に検索で上位に並んだ中には(辞典の項目を除いて)見当たりませんでした。

調べはじめて最初に驚いたのは、江戸時代の前半まで、鬼宿日は毎年同じ日付だったということです。七五三の11月15日も、その日付の一つに当たります。この記事では、辞典と国立天文台の解説、お経の原文、神社とお寺の暦を突き合わせて、鬼宿日がどう決まるのかを順に見ていきます。

この記事で分かること
  • 鬼宿日は二十八宿の「鬼」に当たる日で、昔の暦で使われた二十七宿の時代には、毎年同じ日付だったこと
  • 今の鬼宿日は28日ごとに来て、曜日はいつも金曜日になること。その年の一覧がなくても自分で見つけられます
  • 鬼宿の吉凶は、お経の原文、日本の辞典や西野神社の暦、日蓮宗の本光寺の暦で言い分が分かれていること
目次

鬼宿日は二十八宿の「鬼」に当たる日で、暦の下段に書かれる

先に結論をお伝えします。鬼宿日(きしゅくにち)は、暦で1日ずつ割り当てられる二十八宿(にじゅうはっしゅく)のうち、「鬼(き)」に当たる日です。デジタル大辞泉は「暦注の一。二十八宿の鬼宿にあたる日。最吉日で、婚礼以外は万事に大吉とされる」と説明しています。

暦注(れきちゅう)は、カレンダーの日付の下に小さく刷られる吉凶の注のことです。二十八宿もその一つで、角(かく)・亢(こう)・氐(てい)と続く28の星座の名前を、日ごとに順番に割り当てていきます。その並びで「鬼」の番が回ってきた日が鬼宿日です。

精選版日本国語大辞典(以下、日国)は、鬼宿日を「インドの星占いから起こった語」と説明し、「嫁取りのほかは、万事に大吉とされている」と書いています。この語が載る古い資料としては、室町時代の『運歩色葉』(1548年)が挙がっています。江戸時代の浄瑠璃にも「明日は天赦きしゅく日、万事揃ふた大吉日」というせりふがあり、芝居の中でも吉日として通じていたことがうかがえます。

鬼の日には、二十八宿の欄とは別に、暦の下段にあらためて「鬼宿日」と書かれることもあります。ウィキペディアの「二十七宿」は、暦の「鬼」の日の下段には鬼宿日、あるいは「きしく日」と特記されると説明しています。札幌市の西野神社のカレンダーも、鬼宿日を「最上の吉日であるので、特に暦の下段に特記されたもの」と紹介しています。同じ日のことが、二十八宿の欄と下段の二か所に書かれることになります。

読み方は「きしゅくにち」と「きしゅくび」

読み方は、資料によって三通りに分かれます。

きしゅくにち

デジタル大辞泉と日国が見出しに立てている読みです。

きしゅくび

ウィキペディアの「暦注下段」「二十七宿」が挙げる読みです。西野神社のカレンダーは「きしゅくにち、きしゅくび」と両方を並べています。

きしく

仮名で書かれた昔の暦の書き方です。国立天文台の暦計算室は「仮名暦の『きしく』は鬼宿のことです」と書いています。

気をつけたいのは、二十八宿にもう一つ「きしゅく」と読める宿があることです。ウィキペディアの「二十八宿」によると、箕宿(きしゅく)も音読みでは鬼宿と同じ「きしゅく」になります。暦の解説サイトによっては箕を「き」とだけ書いているので、読みだけで鬼宿と決めずに、漢字を確かめてください。星の名前の読みが本によって違う事情については、国立国会図書館のレファレンス協同データベースにも質問と回答が残っています。

七箇の善日のなかで、鬼宿日だけは星の並びで決まる

暦の下段には、鬼宿日のほかにも吉日が並びます。ウィキペディアの「暦注下段」は、下段の吉日を「七箇(しちか)の善日」と呼び、天赦日・神吉日(かみよしにち)・大明日(だいみょうにち)・鬼宿日・天恩日(てんおんにち)・母倉日(ぼそうにち)・月徳日(同じページでは節徳日とも)の七つを挙げています。

同じページで決め方を一つずつ見ていくと、鬼宿日以外の六つは、どれも日の干支(えと。十干と十二支の組み合わせ)か、その十干や十二支をもとにしています。天赦日は、季節と日の干支の組み合わせで決まります。神吉日と大明日と天恩日は、季節に関係なく決まった干支の日に当たり、その数は神吉日が33種、天恩日が『暦林問答集』によるとして15種です。大明日は25種とされ、そこから4つを除いた21種とする説もあると書かれています。母倉日は十二支、月徳日は十干で決まり、どちらも立春などの節で区切った月ごとに当たる日が変わります。

鬼宿日については、同じページが「選日および吉凶は二十八宿の『鬼宿』と同じ」と書いています。七つのうち、干支ではなく二十八宿の並びで決まるのは鬼宿日だけです。

干支の表から鬼宿日を引けないことは、数えてみると確かめられます。日の干支は60日で一回りし、二十八宿は28日で一回りします。鬼宿日から次の鬼宿日までの28日で、干支は28番先へ進みます。60と28の最小公倍数は420なので、この記事で計算すると、鬼宿日に当たる干支は15通りを順に巡り、420日たって最初の干支に戻ります。「この干支の日が鬼宿日」と決めておくことはできないことになります。

暦の同じ日に天赦日や大明日と鬼宿日が並んで書かれていても、それは別々の数え方で決まる日が同じ日に来たもので、重なる日もあれば重ならない日もあります。天赦日の決まり方は『天赦日とは』で詳しく扱っています。

鬼宿は、かに座の中にある星の名前

「鬼」という字が入っているのに、なぜ吉日なのか。ここで引っかかる方もいると思います。まず、鬼宿がどんな星なのかを見ておきます。

二十八宿は、もともと空の星の目印です。国立天文台は、二十八宿を天体の位置を表す基準などに使われた28個の中国流の星座と説明し、月は1日におよそ1宿の割合で移っていくと書いています。西野神社のカレンダーも、月の位置を示すのに使われていたものが、吉凶を示すようになったと説明しています。

鬼宿は、その28の星座のうち、かに座の中にある一つです。日国は和名を「たまおのほし」とし、「蟹座の中心に青白く見える星宿」と説明しています。ウィキペディアの「鬼宿」によると、中国の星座としての鬼は「輿鬼」とも呼ばれ、車に乗った幽霊を表すそうです。

検索で上位に並んだ解説のいくつかは、「鬼が宿にこもって出歩かないから、何をしても邪魔されない日」と説明しています。茨城県の大杉神社も公式サイトのカレンダーで、鬼宿日を「鬼が宿に籠り邪魔されない祈願最適日」と紹介しています。ただ、「鬼が宿にこもる」という説明は、今回確かめた辞典や宿曜経には出てこず、いつ誰が言いはじめたのかもたどれませんでした。星の名前の由来とは別に、日本で広まった受け止め方の一つと考えておくのがよいと思います。

二十七宿と二十八宿は、牛宿の有無と数え方が違う

鬼宿日を調べていくと、「二十七宿」という言葉にも行き当たります。ここで、二十八宿との違いを見ておきます。

違いは二つあります。宿の数と、日への割り当て方です。

数の違いは単純で、二十七宿は、二十八宿から牛宿(ぎゅうしゅく)を除いたものです。国立天文台の暦計算室も、二十七宿には「牛宿がありません」と書いています。同じページによると、二十七宿はインドの星占いから宿曜経(すくようきょう)というお経に組み込まれ、唐の時代に伝わってきました。宿曜経は唐の僧の不空(ふくう)が訳したとされる8世紀半ばの経典です。ただし日国は、中国で書かれたとする説もあって成立ははっきりしない、としています。

日本の暦では、長いあいだ二十七宿が使われていました。日本大百科全書は、宿が月や日に割り当てられて、10世紀の終わりごろから暦に書かれるようになったと説明しています。平安時代から江戸時代の前半まで使われた宣明暦(せんみょうれき)の時代は二十七宿で、貞享2年(1685年)に貞享暦(じょうきょうれき)へ改暦されたところで二十八宿に切り替わりました。国立天文台は、二十八宿は「暦注としては貞享暦以降二十七宿に代わって採用され」たと書いています。

もう一つの違いである割り当て方は、名前からは想像しにくいところです。暦の解説サイト「こよみのページ」は、二十八宿の数え方を「不断(ふだん)」、二十七宿の数え方を「月切(つきぎり)」と呼んでいます。

  • 二十八宿(不断)は、月の変わり目に関係なく、28の宿を1日ずつ途切れずに回していく
  • 二十七宿(月切)は、旧暦の月ごとに1日(朔日)の宿があらかじめ決まっていて、月が替わるたびにそこから数え直す

ここで一つ、取り違えやすい点があります。二十七宿は「古法(こほう)」とも呼ばれますが、二十八宿より古いという意味ではありません。こよみのページによると、生まれた順は二十八宿が先で、日本で先に使われたのが二十七宿でした。宣明暦から貞享暦への流れだけを見た呼び方だ、というのが同サイトの説明です。

今の二十八宿と月の周期のあいだには、少しずつ差が出る

日本大百科全書は、宿はもともと月の天球上の位置を表すために中国で生まれたと説明しています。国立天文台も、月は1日におよそ1宿の割合で移っていくと書いています。そこで、28日で一回りする今の二十八宿の数え方と、月の動きの周期を比べてみます。

月が星空をひと回りする日数(恒星月)は、世界大百科事典によると27.32日です。同事典は、二十八宿の28という数を、月が1日ごとに1宿を通ってこの周期でひとめぐりすることと結びつける説を紹介しています。

28日と27.32日の差は、およそ0.68日です。今の二十八宿は28日ごとに同じ順番を繰り返し、途中で数え直さないので、この差は一回りごとに積み重なっていきます。1年に13回ほど回るので、1年でおよそ9日分です。月が1日におよそ1宿移るとすれば、宿にしておよそ9つ分の差になります。国立天文台が書くとおり宿の間隔は均等ではないので、あくまで目安です。この記事の計算では、差がひと回りしてまた重なるまでに、3年あまりかかります。

二十七宿の月切は、この点で仕組みが違います。旧暦の月は新月の日から始まり、月が替わるたびに表の朔日の宿から数え直すので、同じ差が何年も積み重なっていく数え方にはなっていません。ただし、朔日の宿の表が毎月の実際の月の位置とどこまで合っているかは、今回は確かめていません。

二十八宿で数える今の暦の「鬼」の日は、月の位置を毎日追いかけて決めた日ではありません。28日ごとに決まった順番で回ってくる、暦の上の目印として数えられている日です。

二十七宿の時代、鬼宿日は毎年同じ日付だった

月切の数え方には、大きな特徴があります。朔日の宿が月ごとに決まっていて毎月そこから数え直すので、旧暦で同じ月の同じ日には、毎年同じ宿が来ることです。

日国は、鬼宿日について「宣明暦時代には毎年日が一定であった」と書き、その日付を挙げています。旧暦で、次のとおりです。

  • 正月11日、2月9日、3月7日
  • 4月5日、5月3日、6月1日
  • 7月25日、8月22日、9月20日
  • 10月18日、11月15日、12月13日

日国はそのあとに「貞享暦以降は二八日ごとに巡ってくる」と続けています。暦の数え方が変わったことで、鬼宿日は「毎年同じ日付の日」から「28日ごとに来る日」に変わったことになります。

旧暦の日付から二十七宿を数える方法

この日付は、国立天文台が載せている「朔日の宿」の表から、自分で数えて確かめられます。表の中身は、旧暦の正月が室、2月が奎、3月が胃、4月が畢、5月が参、6月が鬼、7月が張、8月が角、9月が氐、10月が心、11月が斗、12月が虚です。数え方は三つの段階に分けられます。

STEP
STEP 01

調べたい旧暦の月の、1日(朔日)の宿を上の表で見ます。11月なら斗(と)です。

STEP
STEP 02

牛宿を飛ばして、1日に一つずつ宿を進めます。二十七宿では角・亢・氐・房・心・尾・箕・斗・女・虚・危・室・壁・奎・婁・胃・昴・畢・觜・参・井・鬼・柳・星・張・翼・軫と並ぶので、斗の次に来るのは牛ではなく女です。

STEP
STEP 03

月が替わったら、そこまで進めた宿はいったん忘れて、表にある次の月の朔日の宿から数え直します。

11月で試すと、1日が斗、2日が女、3日が虚と進み、15日で鬼に行き当たります。12月は1日の虚から数えて、13日が鬼です。国立天文台も同じ要領で、8月は1日の角から数えて15日が婁宿になる、という例を示しています。

数えていて、一つ気づいたことがあります。6月は1日が鬼なので、27日後の28日にもう一度鬼が回ってきます。30日まである大の月なら、5月は3日のほかに30日も鬼です。日国の一覧は、それぞれの月で最初に来る鬼の日と一致します。6月28日や大の月の5月30日は計算上の鬼の日で、当時これらも鬼宿日として扱われていたかどうかは、今回の資料では確かめられませんでした。

七五三の11月15日と正月事始めの12月13日は、二十七宿の鬼の日

晩秋の朝の木の縁側に、鶴と亀の絵柄の千歳飴の袋が1つと、葉のついた煤払いの笹竹が1本、間をあけて並ぶ静物のイメージ画像。背景に障子と色づいた紅葉。七五三の11月15日と正月事始めの12月13日が、二十七宿の時代の鬼の日だったことを表した画像。

前の章の一覧に、見覚えのある日付が二つあります。11月15日と12月13日です。

11月15日は七五三の日です。ウィキペディアの「七五三」は、天和元年(1681年)の旧暦11月15日に、将軍徳川綱吉の長男の徳松の髪置(かみおき)の祝いが行われたことを前例にするとも伝えられる、と書いています。東京都北区の七社神社も、このときの江戸山王権現(今の日枝神社)への参詣が始まりと言われている、と案内しています。

1681年は、貞享暦に改暦される4年前です。その頃の暦は二十七宿で、旧暦の11月15日は毎年鬼の日に当たっていました。七五三の日付の説明として鬼宿日が挙げられるのは、暦の仕組みから見ても無理のない話です。なお、七社神社は同じ案内で、11月15日がその月の満月の日であることや、旧暦の11月が収穫を感謝する月だったことも理由に挙げています。

12月13日は、正月事始め(しょうがつことはじめ)の日です。正月の準備を始める日で、煤払い(すすはらい)もこの日に行うところが多くありました。ウィキペディアの「正月事始め」は、宣明暦では12月13日の二十七宿はいつも「鬼」で、年神様を迎えるのによい日としてこの日が選ばれたと説明し、改暦で宿と日付がずれたあとも日付だけが12月13日のまま残った、と書いています。

ただし、辞典はこの日付の理由を書いていません。デジタル大辞泉は煤払いを「昔は12月13日」とするだけで、正月事始めについても地域によって12月8日とする所があるとしています。煤払いの日付を、奉公人の出替わりや里帰りの都合と結びつける説明もあります。12月13日の理由は、鬼の日だったという説明を含めていくつか語られていると受け止めておくのが無難です。

七五三が11月15日なのは、この日が鬼宿日だったからだと説明されることがあります。ただ、11月15日が毎年鬼宿に当たっていたのは、二十七宿を使っていた貞享2年(1685年)の改暦までの話です。明治6年(1873年)に今の暦になってからの11月15日を数えてみると、鬼宿日に当たる年はわずかしかありません。それでも11月15日という日付は変わらずに残りました。私は、日付を決めたときの理由が忘れられたあとも、毎年同じ日に子どもの成長を祝うことそのものが大切にされてきたからではないかと考えています。

七五三の儀礼そのものについては『七五三の意味と神社』でまとめています。

今の鬼宿日は28日ごとに来て、いつも金曜日

では、今の暦では鬼宿日はいつ来るのでしょうか。検索すると、その年の日付を並べて「月に1度」と書いている記事がいくつもあります。この記事では日付の一覧は載せません。代わりに、あなたが自分で見つけられる方法をお伝えします。

今の二十八宿は、国立天文台の言葉を借りると「年・月・日に対してそれぞれ連続的に割り当て」られます。月が替わっても数え直さないので、鬼宿日は28日に1回、決まった間隔で来ます。1年の365日を28で割ると13あまり1です。多くの年は1年に13回、年によっては14回になり、1か月に2回来る月もあります。「月に1度」という言い方は正確ではありません。

もう一つの特徴が曜日です。28は7で割り切れるので、同じ宿はいつも同じ曜日に来ます。今の暦で数える鬼宿日は、金曜日です。

このことは、実際の暦で確かめました。札幌市の西野神社は、日ごとの暦注をウェブで公開していて、その日の二十八宿も載せています。2026年に鬼宿に当たるはずの13日を1日ずつ開いてみると、13日とも鬼宿で、曜日はすべて金曜日でした。念のため前の日の木曜日も開いてみましたが、どれも一つ手前の井宿でした。

金曜日になる理由も、たどることができます。ウィキペディアの「二十八宿」は、貞享暦が始まった貞享2年の正月朔日を、日曜日で星宿の日としたと書いています。国立天文台の「日本の暦日データベース」で引くと、この日は西暦1685年2月4日で、同じ暦計算室の計算でも曜日は日曜日です。並びでは鬼、柳、星と続くので、鬼宿は星宿の二つ手前です。曜日も日曜日の二つ手前の金曜日になります。

ただ、そのあと明治までに何度か改暦があり、そのたびに宿の並びが組み直されたことがあるかどうかは、今回の資料では確かめられませんでした。今の暦の鬼宿日が金曜日であることは、上に書いたとおり実際の暦で確かめたことです。

その年の鬼宿日を知りたいときは、次の二つを覚えておけば足ります。

  • 今の暦の鬼宿日は、金曜日にしか来ない
  • 一つ見つかったら、そこから28日ずつ(4週間ずつ)足していけばよい

暦で一度鬼宿日を見つけたら、その4週間後の金曜日が次の鬼宿日です。なお、暦の出版社の神霊館 榎本書店は、今も「古法二十七宿」を採用した暦を作っていると案内しています。二十七宿で作られた暦では、鬼宿日が別の日付に載っているので、暦どうしを見比べるときは、その暦が二十七宿と二十八宿のどちらで作られているかを確かめてください。

今の鬼宿日がいつも金曜日になることは、暦を1日ずつ数えてみて知りました。宿曜経には、鬼宿が木曜日と重なる日は甘露日という大吉の日で、月曜日と重なる日は羅刹日という何事も始めない方がよい日だと書かれています。ただ、宿曜経のこの組み合わせは二十七宿で数えるものと読めるので、金曜日にしか来ない今の二十八宿の鬼宿日に、そのまま当てはめることはできません。私は、二十八宿で作られた暦を見るかぎり、鬼宿日の曜日で吉凶が入れ替わる心配はしなくてよいのではないかと考えています。

十干と十二支のように、周期の違うものを重ねて日を決める考え方は『干支とは』でも扱っています。

鬼宿の吉凶は、暦の流儀によって分かれる

鬼宿日は「最吉日」と紹介されることの多い日です。けれど、もとの資料を読んでいくと、同じ鬼宿でも資料によって言い分が変わります。

まず、宿曜経の原文を見てみます。大正新脩大藏經に収められた『文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経』の鬼宿の条は、次のように書かれています。

鬼宿,所作皆吉。求聲譽、長壽,若為生事及諸端嚴相將其服拜官勝位,有所為求並皆吉祥福德增長。又宜遠行進路、修理髮、著新衣,及洗浴等事並吉。

書き出しは「することはみな吉」という意味で、続けて名声や長寿を求めるのによい、とあります。遠くへ出かけること、髪を整えること、新しい衣を着ること、体を洗うことも吉とされています。お経の側でも、鬼宿は幅広く吉とされる宿です。

婚礼を避ける注意は、宿曜経の鬼宿の説明には出てこない

日本の辞典や、西野神社のカレンダーでは、ここに婚礼の注意がつきます。日国は「嫁取りのほかは、万事に大吉」、西野神社のカレンダーは二十八宿の鬼を「二十八宿の中で一番良い日。但し婚礼は凶」と説明しています。

ところが、上に引いた宿曜経の鬼宿の条には、婚礼についての記述がありません。同じお経では、鬼宿のひとつ前の井宿の条に「宜嫁娶」(嫁取りによい)と書かれています。婚礼を避ける注意がいつ、どこから付いたのかは、今回の資料ではたどれませんでした。私は、お経の鬼宿の説明とは別に、日本の暦注の中で付け加えられた注意ではないかと見ています。

ちなみに、婚礼を避ける注は鬼宿日のものだけではありません。ウィキペディアの「暦注下段」によると、重日(じゅうにち)や復日(ふくにち)にも、婚礼は再婚につながるのでよくない、という注がついています。

曜日と重なると甘露日にも羅刹日にもなる

宿曜経には、七曜(日月と五つの惑星。今の曜日)と宿の組み合わせで決まる特別な日も書かれています。その中に、鬼宿が二度出てきます。

  • 木曜日と鬼宿が重なる日は「甘露日(かんろにち)」。日曜日と軫宿などほかの6つの組み合わせと合わせて、「是大吉祥」(大いにめでたい)とされています
  • 月曜日と鬼宿が重なる日は「羅刹日(らせつにち)」。こちらも7つの組み合わせの一つで、「不宜舉百事」(何事も始めるのに向かない)とされています

同じ鬼宿でも、曜日しだいで最もめでたい日にも、何もしないほうがよい日にもなる。宿曜経は、鬼宿をただ吉とだけ書いているわけではありません。

ここで、前の章の金曜日の話がつながります。今の二十八宿で数える鬼宿日は金曜日にしか来ないので、木曜日とも月曜日とも重なりません。いっぽう宿曜経は、唐では二十八宿を使うが西の国では牛宿を除くと書き、曜日と宿の組み合わせも二十七宿をもとにしています。27は7で割り切れないので、二十七宿で数える暦なら鬼宿がほかの曜日に来ることもあります。甘露日や羅刹日は、この二十七宿で数える暦の上で見るものです。

日蓮宗の本光寺の暦では、鬼宿を大凶とする

お寺の暦には、さらに違う扱いがあります。千葉県市川市の本光寺(日蓮宗)は、二十八宿カレンダーの説明で「日蓮宗では古来二十八宿(28宿)の配当に、牛宿を加えません」と書き、「『鬼宿が大凶である』など他の二十八宿とは違う点が特徴」としています。

大凶とする根拠の典籍は、同じページには書かれていませんでした。それでも、鬼宿日を最吉日とするのは、流儀をまたいで一致した見方ではないことは、この一例からもはっきりします。吉日かどうかは、どの暦のどの説明を見るかで変わるということです。

神社の暦に書かれる鬼宿日

神社での扱いも見ておきます。今回確かめた範囲でも、扱い方は神社によって違いました。

福岡県神社庁は、旧暦日や六曜、十二直、二十八宿の吉凶などを載せた「神社廳暦」を毎年発行しています。神社庁が出す暦にも、二十八宿の欄があるということです。

西野神社のカレンダーは、下段に鬼宿日を掲げ、「百事を行って、名誉、長寿を得る日」と言われる、と説明しています。宿曜経の「求聲譽、長壽」とよく似た言い方です。前に触れた大杉神社は「祈願最適日」としています。

鬼宿の日にお参りした例は、古い記録にも残っています。日国は「鬼宿」の項で、室町時代の奈良の記録『大乗院寺社雑事記』の文正元年(1466年)の記事から、「依立願毎鬼宿詣者也」という一文を引いています(返り点は省きました)。願を立てて、鬼宿の日が来るたびにお参りする、という意味に読めます。ただ、どこへ誰がお参りしたのかは、辞典の引用からは分かりませんでした。

反対に、鬼宿日を参拝を避ける日とする説明は、今回見た神社の暦には出てきませんでした。お参りを避けたほうがよい日があるのかどうかは、『神社参拝に良い日はあるのか』で暦全体から見ています。鬼宿日にお参りしたから何かが叶う、ということは暦の資料からは言えません。祈願の日として案内する神社もあれば、特に触れない神社もある日だと受け止めておけば十分だと、私は思います。

よくある質問

鬼宿日はお釈迦さまが生まれた日だというのは本当ですか?

鬼宿日を紹介する記事の多くがそう書いていますが、出典まで示したものは見当たりませんでした。調べてみると、お経の中に、お釈迦さまの誕生と鬼宿を結びつけた記述がありました。隋の時代に訳された『仏本行集経』の巻七は、「春初二月八日鬼宿合時」、つまり春の初めの2月8日、鬼宿の星に合うときに、母の摩耶夫人がルンビニーの園へ出かけ、そこでお釈迦さまを産んだと書いています。ただ、これはお経が伝える誕生のときの星の話です。28日ごとに暦へ書かれる鬼宿日と同じ仕組みのものとまでは言えないので、この記事では「鬼宿日はお釈迦さまの誕生日」とまでは言わずにおきます。

天赦日や大明日と重なる鬼宿日は、もっと良い日ですか?

重なると良さが足し算になる、と書いた暦の資料は見当たりませんでした。鬼宿日は暦の下段にも書かれますが、もとは二十八宿の鬼に当たる日で、日の干支などから決まる天赦日や大明日とは決まり方が違います。福岡県神社庁は、暦は「すべてを一度に見るのではなく、自分の好みに合った、一つの欄だけを見て吉凶を知るのが正しい使い方」だと説明しています。吉日の重なりの考え方は『天赦日とは』の記事でも扱っています。

二十七宿で自分の宿を調べる占いと、この記事の二十七宿は同じものですか?

使う宿の並びは同じですが、使い方が違います。この記事で扱ったのは、暦の日ごとに宿を割り当てる暦注としての二十七宿と二十八宿です。生まれた年月日から自分の宿(本命宿)を出して性格や相性を見る占いは、宿曜経をもとにした宿曜占星術と呼ばれるもので、日の宿を暦に書く使い方とは別のものです。この記事では、占いの当たり外れは扱っていません。

まとめ

この記事で確かめたことを、要点だけ並べておきます。

  • 鬼宿日は二十八宿の「鬼」に当たる日で、暦の下段にも特記される。読みは「きしゅくにち」「きしゅくび」、仮名暦では「きしく」。同じ「きしゅく」と読める箕宿に注意
  • 二十七宿は二十八宿から牛宿を除いたもの。宣明暦の時代は二十七宿(月切)で、1685年の貞享暦から二十八宿(不断)に切り替わった
  • 二十七宿の時代、鬼宿日は毎年同じ日付で、旧暦の11月15日(七五三)と12月13日(正月事始め)もその日に当たった
  • 今の鬼宿日は28日ごとに来て、いつも金曜日。1年に13回か14回あり、「月に1度」ではない
  • 宿曜経は鬼宿を「所作皆吉」としつつ、木曜日と重なれば甘露日、月曜日と重なれば羅刹日とする。婚礼の注意は鬼宿の条にはなく、日蓮宗の本光寺の暦は鬼宿を大凶とする

次に暦を手に取る機会があったら、下段に鬼宿日の字があるかどうか探してみてください。見つけたら、その日が金曜日かどうかも確かめてみてはどうでしょうか。金曜日でなければ、その暦は二十七宿で作られているかもしれません。

参考文献

公式資料(公的機関・神社・寺院)

辞典・原典

補助参考(暦の解説・百科事典・読者の疑問)

  • こよみのページ「二十八宿と二十七宿の話」(不断と月切・古法という呼び方)
  • 神霊館 榎本書店「古法二十七宿とは」(二十七宿で作る暦)
  • ウィキペディア「二十七宿」「二十八宿」「鬼宿」「宣明暦」「七五三」「正月事始め」「煤払い」「暦注下段」
  • Google 検索の「他の人はこちらも質問」および関連検索に現れた鬼宿日・二十七宿に関する疑問(読者の疑問の把握に用いた)
  • 2026年9月に「鬼宿日」で検索した上位記事の見出し(冒頭の「月に1度の大吉日」は、All About ニュース「月に1度やってくる大吉日」や sot「月に一度訪れる吉日」などの見出しをまとめた言い方)

本記事は、2026年9月に国立天文台の公開資料とデータベース、福岡県神社庁・西野神社・大杉神社・七社神社・本光寺の案内、辞典類と百科事典、宿曜経の原文を確認し、鬼宿日の決まり方と吉凶の扱いを本記事独自に整理したものです。鬼宿日が金曜日に来ることは、西野神社が公開している日ごとの暦で2026年の該当日を確かめました。日の吉凶の受け止め方は、暦を出す側や流儀によって異なります。婚礼や契約などの判断は、暦ではなく条件でお決めください。実際にお参りされる際は、参拝先の最新の案内をご確認ください。

※ 本記事の画像はChatGPT 等の生成AIによる象徴的なイメージ画像です。実際の景観とは異なる場合があります。詳細は免責事項をご覧ください。

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この記事を書いた人

あやとき編集部は、40代の編集メンバーで運営しています。子を持つ親としても、一人の人間としても、暮らしに息づく神社との関わりを大切にしながら、全国の神社文化を丁寧に読み解いていきます。

神道や神社の奥深さを、専門用語に頼らず、どなたにも分かりやすい言葉でお届けします。読者の方と同じ目線で、共に学んでいく姿勢を基本としています。詳しくは運営者情報をご覧ください。

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